4. ダンマーヌパッサナー 心の中の動きの観察 : B.5つの集合体

B. 人間を成り立たせている5つの集合体

修行者たちよ。人間を成り立たせている5つの集合体について、心の中の動きを観察するのです。では、修行者は、どのように5つの集合体について、心の中の動きを観察するのでしょう?

人間は、物体rūpa)の集合体です。物質は生じては消え去る、単なる現象です。

人間は、感覚vedanā)の集合体です。感覚と感情は生じては消え去る、単なる現象です。

人間は、思考saññā)の集合体です。思考は生じては消え去る、単なる現象です。

人間は、反応saṅkhārā)の集合体です。反応は生じては消え去る、単なる現象です。

人間は、意識viññāṇa)の集合体です。意識は生じては消え去る、単なる現象です。

このようにして心の中の動きを、内面からありのままに観察し、または外面から、あるいは内面と外面を同時に観察するのです。心の中の動きが生じる現象を観察し、または心の中の動きが消滅する現象を、あるいは心の中の動きが生じては消える現象を観察し続けるのです。そうして「すべての物事は、絶え間なく変化し続ける現象に過ぎない身体は身体に過ぎない。私でもなく、私のものでもなく、自分でもない」という気づきが確立されるのです。この智慧と気づきがある限り、この世に自分など存在しないのだから、存在しない自分が執着していた「苦悩」もなくなるのです。

修行者たちよ。修行者は、このようにして心の中の動きを心の中の動きにおいて観察し、生きるのです。

4. ダンマーヌパッサナー(心の中の動きの観察)B.人間を成り立たせている5つの集合体 了

解説

ここでは、人間身体+心)を構成する5つの集合体についての観察です。

Idha, bhikkhave, bhikkhu, ‘iti それは rūpaṃ 物質, iti rūpassa samudayo 生じる, iti rūpassa atthaṅgamo 消え去る; iti vedanā, iti vedanāya samudayo, iti vedanāya atthaṅgamo; iti saññā, iti saññāya samudayo, iti saññāya atthaṅgamo; iti saṅkhārā, iti saṅkhārānaṃ samudayo, iti saṅkhārānaṃ atthaṅgamo; iti viññāṇaṃ, iti viññāṇassa samudayo, iti viññāṇassa atthaṅgamo’ ti.

rūpa ルーパ
色・物体人間は身体と心でできていますが、肉体部分=物体(土・水・火・風)です。

物体が、土・水・火・風の4つの要素で構成されていることは、1章「身体の観察 E.物質的要素」で述べた通りです。

vedanā ヴェーダナー
感覚(感情も含む)。触れたものを感じること

6つの感覚器官が外の対象物と接触した時に、身体に生じる感覚「視覚・聴覚・嗅覚・味覚・皮膚感覚(触、冷、熱、柔など)および、身体的印象(感覚)「快、不快、中立」と、それに伴う精神的印象(感情)「現象を快、不快、中立と感じること」のことです。心で感じるものも含むので、身体的な感覚だけを意味すると誤解しないように。情報伝達機能神経

saññā サンニャー
思考・記憶・知覚

事物の形象(言葉と映像)を心の中に思い浮かべる思考のこと。知覚を伴う認識。概念。過去の経験による記憶です。

saṅkhārā サンカーラ
反応

心の中の「なにかをしたい」という衝動のこと。条件づけられた現象。精神的に刷り込まれた本質。精神的な捏造。saṃ-kaṛ saṃ(集める)+ kaṛ(作る)加工する。心の動き=エネルギー

viññāṇa ヴィンニャーナ
意識心の認識機能

vi-jñā jañā(知る、引き受ける)citta(心)、mano(精神)と同義ですが、viññāṇa はむしろ、感覚の扉に関連する特定の意識(cakkhu-viññāṇa, sota-viññāṇa)です。心の中の精神作用(ヴェーダナー+サンニャー+サンカーラ)と一緒に働く情報をとらえる機能で「」のことです。

 

現象」とは?

人間の知覚できる、すべてのものごと。人間界や自然界に「」として現れるもの。見えるもの、つまり外面的な「現れ」のことです。「出来事」を、それが存在するかどうか、本当かどうかといった、その見えている「現れ」の背後にあるものは問題にせずに、その観察された「現れ」として扱うとき、それを「現象」と呼びます。

思考」とは?

一般的な定義では「考えや思いを巡らせる行為であり、筋道や方法などを模索する精神の活動」ですが、 実際には「過去の記憶が描く言葉と映像」に過ぎません。これは、心に色々な言葉と映像を思い浮かべる行動を通じて、それらの関係を構築する作業です。この心像には、五感で受け取った像(知覚心像)と、それらを脳内で再構成した像(記憶心像)があり、思考ではこの2種類の心像を複数照会し合いながら同定し、判断に至る作業を行っています。

そして、この記憶が描く言葉と映像を何度も繰り返しているうちに、物語が形づくられ、それを「自分」と定義する習慣が人間にはあるのです。つまり「自分」とは、ひっきりなしに快楽を追いかけ、苦痛を避けようとする思考の仕組みです。これが自我が存在する基となる知的作用です。

この章でのブッダの教えは、「心に思考が浮かぶ時、必ず同時に感覚・感情がある。そのことに気づきなさい」ということです。感情は「言葉と映像」に連結して生じます過去の出来事に関連づけられた恨みや恥ずかしさ・罪悪感・悲しみ、現在への抵抗からくる怒り・苛立ち、未来に対する恐れ・不安などです。自分の身体を観察してみると実感できるのです。

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