サティパッターナ・スッタ・コース Day8+Day9

Day 8
メッターデイ

夢をとてもたくさん見ました。すべて忘れてしまいましたが、たくさんの夢を見たことだけが、朝起きた時に記憶に残っていました。

そういえば子供の頃、夢の中で自分が夢を見ていることに気づくことができるようになり、毎晩、夢を堪能していた時期がありました。高い飛び込み台からプールに飛び込んでみたり、デパートでお菓子を手当たり次第に食べてみたり、「これは夢だから大丈夫」とやりたい放題にしていました。唯一できなかったのは車の運転で、運転しようと車に乗るのですが、いつもうまく車を動かせませんでした。

小学校5年生くらいまで、そんな遊びを毎晩のようにやっていましたが、いつの間にか夢よりも、現実に起こる由無し事に気を取られ、夢をあまり見なくなり、最近ではもう滅多に見なくなっていました。

久しぶりに大量の夢を見て、そんなことを思い出しました。そして、夢と瞑想って何か深い関係がありそうだな、と思ったのです。夢ってもしかしたら、心の浄化に一役買っているのかもしれない。(←こういうことを考えるのは妄想です。朝っぱらからNG)

朝からガンガン坐る

今日はメッターデイ。黙って黙々と坐れるのは今日までです。朝4:30からガンガン坐ります。昨日の新しい指令でやる気を取り戻し、また「全集中!」で上から下、下から上と流すように感覚を観察します。絶好調です。

するとザーッと流す瞬間に、お腹のみぞおちあたりでスッと紙片のようなものが、その流れと一緒に吸い出されてくる感覚があるのです。そしてそれが昨夜見た夢の断片のようなのです。でも思い出せそうで、思い出せない。夢の断片なのはわかるのですが、その内容まではわからない。なんだろうこの変な感覚。

ゆっくりじっくりその部分を観察しても、その紙片は出てこないのですが、ある程度スピーディーに上から下、下から上と意識をザーッとフローしていると、それに引っかかって引っ張り出されるような感じで、紙片がスッと出てくる感覚があるのです。その瞬間にその夢を思い出しかけるのですが、思い出せないのです。紙片に何かが書いてあるわけではなく、ただ、紙片状のものが出てくる瞬間に、夢の一端を思い出せそうな感覚があるのです。とっても妙な感覚です。

その現象は何度も起きるのですが、やっぱり夢の断片だとわかるだけで、内容まではわからない。潜在意識とかと関係があるのかもしれないな、と思いつつも(←分析NGだってば)、それは想像に過ぎないので、ただただ観察を続けるのみです。

ヴィパッサナー瞑想は、毎回こんな感じで、何か発見があるのです。それがこの瞑想の面白いところです。この感覚は、私にしか感じない現象かもしれないし、誰もが感じる現象かもしれないけれど、誰にもわからない。でも、私が感じたこの現象は、私が体験した事実なのは間違いないのです。

瞑想が深まり身体が柔らかくなり、喉元が急にイガイガして咳が出る。この咳が合図のように、同時に心がほぐれていくのも私のいつものパターンです。

メッター・バーバナー

残念ながらここでおしまい。メッターデイです。
8:00からのグループ瞑想のあと、9:00からメッターバーバナー慈悲の瞑想)に入ります。

毎回、メッターバーバナーは私にとってあまり感じるものがなのです。感動もしないし、特に優しい気持ちにも温かい気持ちにもならない。よく泣いてしまう人がいるのですが、それもよくわからないのが正直なところです。

そして今回のメッターバーバナーが終わった瞬間、私は何だかポツンとそこにひとり取り残されたような、ものすごい孤独感、寂しい感でいっぱいになったのです。

なんだろう、これ? ボッチ感半端ないんだけど?
泣くというような気分ではなかったのですが、涙は出せるな、と思ったので泣いてみました。
でもちょっと違う泣き方になりました。ただ水が目元の辺りを流れる感じで、たったひとり、宇宙で取り残された感だけがあったのです。

昼の質問時間に、ATにそのことを質問してみると、「抱えていた深いものが出たのですね」とのことでしたが、「そうなのかなー? なんか違う気がする」(←直感)。よくわからないけど、どよーんと暗くなり、メッターデイで聖なる沈黙は解禁ですが、誰とも話したくなくない気分です。

メッターデイはいつも苦手です。ペラペラ話している人を見ると、魂が吸い込まれるように感じてしまいます。できれば誰とも話さず帰りたい。と言いつつ、ちょっと話しかけられると誰よりもベラベラ話し出し、人の魂まで奪っていく勢いの私なのですが……。

最後の夜 ついにバンガ(溶解)!?

午後11時過ぎ。深く眠っていたら、うつ伏せで眠る身体が小刻みに震え出したのです。「!」さっそく気づき観察を続けると、背中と同様に身体の前面全体がポコポコしていて、それに横揺れが加わっている。揺れが少しずつ大きくなり、身体の前面の泡状のものがバラバラになりそうな感じがします。

バンガ溶解)?」

ヴィパッサナー瞑想では、身体観察を極めて心の汚濁がすべて出ると、身体が溶け出すバンガ(溶解)が始まるそうなのです。たぶん素粒子まで掴みとるとそうなるのかと思うのですが、もしかして、その状態が来た?

「いやいや、どう考えたってまだ早いでしょ?」と思いつつ、小刻みな揺れが大きくなっていきます。

「地震? たぶん地震だろうけど、万が一にもバンガかもしれないから、せっかくだからじっくり観察を続けよう!」と決めて揺れが収まるまで観察を続けました。途中、他の部屋の人が外に出る音が聞こえたので、「あー、やっぱり地震だなー。でもバンガかもしれないし」とさらに観察を続け、揺れがおさまっても観察を続け、そのまま眠ってしまっていました。

夜の講話 8日目

聖なる8つの道の真理:正しい理解・正しい思考・正しい言葉・正しい行為・正しい生計・正しい努力・正しい気づき、正しい集中

Day 9
コース終了

翌朝、福島で震度6と聞いて、やっぱりバンガじゃなかった…ガッカリ。残念でした。

毎回、実り多いヴィパッサナー瞑想コースですが、今回、改めて瞑想とは「無」になるのではないと理解できました。妄想を追い払って無になって思考を空にして坐るのではなく、妄想した瞬間に妄想していることに気づくことが瞑想なのだと理解しました。

マハーサティパッターナ・スッタに書いてあるのは、そういうことでした。それを瞑想中、何度も何度も繰り返し実体験して、無常を理解し、「私」などないことを理解する、ということでした。面白い! マハーサティパッターナ・スッタ・コース。永遠のテーマだった「私」とはなんぞやに、明確に答えてくれるブッダの言葉でした。

以上です。