ダンマパダ2章 21〜32

Appamāda-vaggo 懸命の章

ダンマパダ2章では、Appamāda懸命」をテーマにしています。ブッダが教える修行法で一番大切な要素です。

懸命であること。ある限りの力を出し尽くして頑張ること。誠実にひたむきに一所懸命であることは、開発すべき最も重要な特性の1つです。これがなければ、苦から解放されることができません。怠惰では、心を清めるためのエネルギーを見つけることができません。

インド亜大陸を統治していたアショーカ王は、この Appamāda-vagga を修行僧から聞いて全てが一変し、ダンマの教えに献身を深めていったといわれています。

DhP.021

appamādo amatapadaṁ, 
懸命は 不死への・歩み
pamādo maccuno padaṁ,
怠惰は 死への 歩み
appamattā na mīyanti, 
懸命な人は ない 死す
ye pamattā yathā matā.
彼らは 怠惰な ようだ 死者

懸命は無死への道
怠惰は死への道
懸命な人に死はないけれど
怠惰な人は死んだも同然。

解説
pamādaは「酔っている状態=放逸=勝手気ままで、道徳に外れて、怠けている状態」のことです。Appamādaは、その否定型で「覚醒している状態=不放逸=怠けないで、一所懸命な状態」です。

無死への道」とは、死んだらもう生まれ変わることがない「涅槃」への道という意味です。一方で「死への道」は、生と死を繰り返すサイクル「輪廻転生」への道です。懸命な人は涅槃に達して、生まれ変わりのサイクルから逃れることができますが、怠惰な人は逃れることができません。だから、すでに死んでいるのと同じだということです。

DhP.022

etaṁ visesato ñatvā,
このように 全部 了知して
appamādamhi paṇḍitā; 
懸命さにおいて・実に 賢人
appamāde pamodanti, 
懸命に 満足して
ariyānaṁ gocare ratā.
聖なる 境地 楽しめる

賢い人はこれを明確に理解して
懸命さがもたらす達成感で
聖なる境地を楽しむ。

解説
pamoda」は「満足する」という意味です。

DhP.023

te jhāyino sātatikā, 
彼らは 瞑想し 忍耐強く
niccaṁ daḷhaparakkamā,
継続して 強い・努力 
phusanti dhīrā nibbānaṁ, 
接触 賢人たちは 涅槃に
yogakkhemaṁ anuttaraṁ.
束縛から自由 無上の

根気よく瞑想して
強い努力を続ける人
このような賢い人は
涅槃に触れて無上となり
苦悩から解放される。

解説
もし、懸命な態度が涅槃に到達するための鍵であることを知っていれば、それを重視するでしょう。これを瞑想修行に当てはめると、常に懸命に努力して、忍耐強く根気よく瞑想するということです。そうすることで苦悩の束縛から解放され、真の平和と自由を手に入れることができるのです。

DhP.024

uṭṭhānavato satīmato,
努力する 気づく人
sucikammassa nisammakārino,
清浄な・行為 注意深い・行動
saññatassa ca dhammajīvino,
自制した ダンマ・生き物は
appamattassa yasobhivaḍḍhati.
ない・怠惰 名声・増大する

努力して気づく人は
誠実で思慮深く行動し
自制心があって
正しい生き方をしている。
そんな人の評判は
どんどん上がる。

解説
いつも元気に心を込めて正しく行動し、自制心と思いやりをもって、常に真面目で誠実で、一所懸命であれば、その人の評判は高まります。なぜなら人々は、その人が信頼できることを知って、そのことを他の人に報告し、他の人は自分の目で確かめて、また他の人にこのことを伝えます。このようにして良い評判が広まり、誰もがその人を信頼するようになるのです。

DhP.025

uṭṭhānenappamādena,
奮起により・懸命さにより
saṁyamena damena ca;
制御により 訓練により と
dīpaṁ kayirātha medhāvī, 
島 作る 賢い 
yaṁ ogho nābhikīrati.
所の 激流 ない・押し流す

懸命に努力し
自制心をもって訓練することで
賢い人は
洪水に流されない島を心に作る。

解説
勤勉で自制心をもって、懸命にエネルギーを注ぐことによってのみ、欲望、憎しみ、妄想の洪水に押し流されることのない島を、自分の中に作ることができるという教えです。

DhP.026

pamādam anuyuñjanti,
怠惰に ふける
bālā dummedhino janā;
愚かな 智慧のない 人
appamādañ ca medhāvī,
懸命さを しかし 賢人 
dhanaṁ seṭṭhaṁ va rakkhati.
財産 最上の ように 守る

愚かで無知な人は
つい怠けてしまうが
賢い人は懸命に頑張ることを
財産のように大切にする。

エピソード
ブッダがサーヴァッティに滞在していた時のこと。町で祭りがあり、多くの若者があちこちで大声を出し、お金をせびって大騒ぎしていました。その町のブッダの信徒たちは、ブッダに町に入るなと警告し、自分たちも家から一歩も出ませんでした。祭りが終わると、ブッダは再び町に入り、それから26と27の言葉を語ったのです。

DhP.027

mā pamādam anuyuñjetha,
なかれ 怠惰 ふける
mā kāmaratisanthavaṁ;
なかれ 快楽・親交
appamatto hi jhāyanto, 
懸命に 実に 瞑想する
pappoti vipulaṁ sukhaṁ.
得る 広大な 幸福

怠惰にふけったり
快楽を欲しないこと。
懸命に瞑想する人は
限りない幸せを得られる。

解説
まさに私たちが良しとしていることがこれです。楽しいこと、嬉しいこと、好きなことに喜びを感じて退屈を紛らし、つながりを確認しては安心する。これでは幸せにはなれないのです。

DhP.028

pamādaṁ appamādena,
怠惰を 懸命な態度で
yadā nudati paṇḍito;
の時に 除く 賢い人 
paññāpāsādam āruyha, 
智慧・高座 登る
asoko sokiniṁ pajaṁ;
無憂の 憂う 人を 
pabbataṭṭho va bhummaṭṭhe, 
山上に立つ ように 地上に立つ人
dhīro bāle avekkhati.
賢者は 愚者を 観察する 

賢い人は懸命に
怠け心をしりぞけて
智慧の山を登る。
憂いのない人は苦しむ人々を
山頂から平地を見るように
賢者は愚かな人を大観する。

エピソード
ブッダの主弟子の一人である長老マハーカッサパ(摩訶迦葉)は、あるとき瞑想をしていて、世の中の生き物のうち、誰が働き者で誰が怠け者かを調べようとしていたそうです。また、誰が生まれようとしているのか、誰が死のうとしているのかも探ろうとしていました。

そのことを知ったブッダは、「そんなことに時間を費やすな」と叱りました。そんなことをしても覚醒につながらないからです。ブッダは長老に、「怠慢は、熱心な態度で払拭するのが一番。それができるようになったとき、私たちは「智慧の山を登った」ことになり、涅槃に到達する。そうなれば、山の上から下にいる人を見るように、まだ怠けている他の人を大観できる」と言いました。

補足
マハーカッサパは、ブッダの没後、ブッダの教えを全て書き残すことを決意して、マハーサティーパッターナ・スッタなどの結集を実行した立役者です。ブッダが死んだ際に「やれやれ、あれをするな、これをするなと口うるさい爺さんが死んで、やっと自由だ」と仲間が言ってるのを聞き、今後、同じような者が増えて、ブッダの教えが消えてしまうことを心配したのです。

DhP.029

appamatto pamattesu, 
懸命な人 怠惰な・中
suttesu bahujāgaro,
眠っている・中 多く・目覚めた人
abalassaṁ va sīghasso 
弱い・馬 ように 駿馬
hitvā yāti sumedhaso.
捨てて 行く 賢い人は

怠ける人がいても
懸命にやってる人がいる。
寝ている人がいても
しっかり目覚めている人がいる。
そんな賢い人は駿馬のように
弱い馬を抜いて行くよ。

エピソード
2人の修行僧がいました。1人の修行僧はどちらかというと怠け者でした。冬だったので、夜は火のそばで暖を取り、他の修行僧と話していました。もう1人の修行僧は、非常に勤勉で、夜な夜な瞑想をしていました。

怠け者の修行僧は、勤勉な修行僧を非難して、「自分はまず火のそばで体を温めてから、眠らないようにしていたのに、彼は怠けて、ずっと眠っている」とブッダ に言ったのです。ブッダはもちろん真実を知っていて、こう伝えました。「1人は弱い馬のように怠け者でおしゃべりだが、もう1人は駿馬のように勤勉で心に余裕があったから、1人だけアラハン(悟りを得た人)になった」

DhP.030

appamādena maghavā,
懸命さによって マーガは
devānaṁ seṭṭhataṁ gato;
神々の 最高位に なった 
appamādaṁ pasaṁsanti, 
懸命さは 賞賛され
pamādo garahito sadā.
怠惰は 非難される 常に

マーガは懸命に働いたので
神々の長である
サッカ神になった。
懸命さは賞賛され
怠惰は常に非難される。

解説
マーガ:サッカ神(古代インド神話の雷神インドラ)が前世で人として生まれた時の名前

エピソード
若い王子がブッダに会いに来ました。ブッダは「サッカパーニャ・スッタ」を教えました。王子は、ブッダが神々の王であるサッカのことをそんなに知っているなんて、どうしてなのだろうと思いました。「ブッダはサッカに会ったことがあるのですか?」

ブッダは、サッカに会ったことを認め、サッカの前世の話を王子にしました。サッカの前世はマーガという名の男で、とても正義感が強く、仲間と一緒に道路や僧院を作るなど、たくさんの慈善活動をしていました。マーガは7つのことを守っていました。親を支えること、年長者を敬うこと、穏やかな話し方をすること、陰口を言わないこと、寛大で貪欲ではないこと、真実を話すこと、気を緩めないことです。彼はいつも心に留めていて、そのすべてを守っていました。こうして、彼は次の世で神々の王であるサッカになったのです。

DhP.031

appamādarato bhikkhu, 
懸命に・悦に入る 比丘は
pamāde bhayadassivā;
怠惰を 危機感・また
saṁyojanaṁ aṇuṁ thūlaṁ,
束縛 微細な 粗大な
ḍahaṁ aggīva gacchati.
煩熱 炎 行く

一所懸命に打ち込み
怠惰を恐れる修行者は
大きな束縛も小さな束縛も
炎のように焼き尽くす。

解説
10の束縛(saṃyojana)

5つの大きな束縛
1)sakkāya-diṭṭhi:自分が存在するという信念
2)vicikicchā:疑い
3)sīlabbata-paramāsa:規則や儀式に固執すること
4)kāma-rāga:官能的な渇望
5)vyāpāda:悪意・敵意

5つの小さな束縛
1)rūpa-rāga:微細な物質的存在への渇望
2)arūpa-rāga:非物質的な存在への渇望
3)māna:自惚れ
4)uddhacca:不安
5)avijjā:無知

エピソード
ブッダから瞑想の教えを受けたある修行僧がいました。彼は一所懸命に修行しましたが、なかなか進歩しませんでした。修行僧はとても落ち込み、欲求不満を感じていました。この問題についてブッダに相談しようと会いに行く途中、大きな山火事を目撃しました。

修行僧は山の上まで行って、山火事の様子を観察しました。そこで彼は、火が周囲の大小を問わずすべてを焼き尽くしたように、瞑想の実践から得られる洞察力が、大小を問わずすべての束縛を焼き尽くすことを悟りました。

その様子を遠くから見ていたブッダが修行僧の前に現れ、「君は正しい道を歩んでいる。その考えを続けなさい」と言いました。

DhP.032

appamādarato bhikkhu, 
懸命に・悦に入る 比丘は
pamāde bhayadassivā;
怠惰を 危機感・また
abhabbo parihānāya, 
できない 衰退
nibbānasseva santike.
涅槃・すでに 面前

一所懸命に打ち込み
怠惰を恐れる修行者は
後戻りするはずはなく
すでに涅槃は目の前。

解説
懸命に頑張ることは、「必死になること」とは違います。涅槃を得ようと必死になる必要はありません。リラックスして心を開き「真剣に継続して、展開を楽しむこと」が大切です。

ダンマパダ2章「懸命」了