死んだらどうなるのか

ヴェール星雲の超新星爆発の残骸
ヴェール星雲。約8000年前に恒星の寿命が尽き、重力崩壊によって起きた超新星爆発の残骸。爆発時に放出された物質が拡散し、周囲のガスや塵と衝突して複雑な構造ができた。イオン化したガスは、酸素が青、水素が赤、硫黄が緑。星雲全体の大きさは110光年で、地球から見て満月6個分に相当し、白鳥座の約2100光年の距離にある。 ESA/Hubble & NASA, Z. Levay

恒星は死ぬとこうなります。

壮大な宇宙の死から始まりましたが、お盆ですね。

死者が戻ってくるといわれる期間ですが、戻ってくるということは行先があるということですよね?

人は死んだらどうなるのでしょうか?

古今東西の宗教が模索してきた問いですが、日本人の一般的な「死後の世界」観は大きく分けて3つ。

死んだら浄土(苦しみのない安らかなところ)に行く。
日本の仏教の主流な考え方。西洋の天国に行くと同じ考えです。

死んだら生まれ変わる
いわゆる輪廻転生ですねインド仏教的な死生観です。

死んだら終わり
消滅です。

私が瞑想を通して知った考えによると、3つとも正解だと思います。

死んだ瞬間に生まれ変わって受胎する、らしい

S.N.ゴエンカ氏の著書『The Art of Dying(死の美学)』によると、「人は死んだ瞬間に次の生に生まれ変わる」がほとんどだそうです。

②のパターンです。

でも全員が輪廻転生するわけではありません

悟りを得たアラハン(阿羅漢)や、成仏したブッダは生まれ変わりません。現世が最後の1回なので、死んだ瞬間に消滅します。③のパターンですね。

そしてアラハンのひとつ手前の段階、聖者であるアナーガーミ(anāgāmi)は、欲界への執着が消えているので、欲界には生まれ変わりませんが、完全に悟ったわけではないので、もう1回だけ輪廻があるそうです。ブラフマー界への執着だけが残るので、この世での生が終わると、ブラフマー界に生まれ変わります。このときは親から生まれるのではなくパッと出現するらしいです。

これが①のパターンです。かなりマニアックですね。「へー、そうなんだ」程度にスルーしてください。

そして、ブラフマー界でのとてつもなく長い寿命が尽きると完全に滅し、そこから生まれ変わることはなく、ただ消滅するそうです。最終的には③に落ち着くってことですね。

つまり、ほとんどの人は②の輪廻転生組です。

死の瞬間に何が起こるのか?

ゴエンカ氏によると、死の瞬間に、まるで列車の線路が切り替わるように、次の生命の流れがそのまま続いてはじまるそうです。人間や動物に生まれ変わるのであれば、受胎の瞬間に切り替わります。まだ生まれ出ません。

 

The Art of Dying』より翻訳抜粋 *********************

死の瞬間、意識の中に非常に強い特定のサンカーラ(bhāva- saṅkhāra・精神的条件付け)が生じます。このサンカーラは、次世で新たな意識の生成(誕生)をもたらす力を持っていて、バーヴァサンカーラカンマ)の反応のエネルギーが、次の存在界(bhāva-loka)への意識の流れを後押しします。

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死の瞬間の心の状態が生成のエネルギー元となり、次の存在領域に生まれ変わる推進力になるということです。

三途の川を渡って「あの世」に行くという感じではなく、時間や空間という概念を超えた「存在の新たな肉体(あるいは霊体に意識が移転する、ということです。

存在とは何でしょう?

死後の行先は31通り+消滅

存在界(bhāva-loka バーヴァ・ローカ)とは、全宇宙にある意識が存在するさまざまな領域、世界のことです。

いま私たちが存在している(と意識している)人間界もその1つで、領域は全部で31あるそうです。

 

11のカーマ・ローカ(kāma loka・欲界):感覚のある界。6つ天界人間界4つの下界(阿修羅・畜生・餓鬼・地獄)です。

16のルーパ・ブラフマー・ローカ(rūpa-brahma loka・色界):わずかに物質的な体が残っているブラフマー界(梵天界)。

4つのアルーパ・ブラフマー・ローカ(arūpa-brahma loka・無色界):心だけが残っている非物質的ブラフマー界(梵天界)。

 

つまり「死後の行先」は「31通り存在界消滅」のどれか1つということです。

①の浄土組が行く存在領域は、20のブラフマー界です。輪廻転生組も若干名いると思いますが、少数派でしょう。

大多数の②輪廻転生組が行く存在領域は、11の欲界(よっかい)です。そして、勝手知ったる人間界に行くとは限りません。

生まれ変わり先の決まり方

行先は、死の瞬間に発生した強いサンカーラと、同じ性質の波動を持つ存在界になります。

 

The Art of Dying』より翻訳抜粋 ********************* 

死の瞬間には、31の存在(線路)はすべて開かれています。死の瞬間に生じた特定の強いサンカーラ(bhāva- saṅkhāra)は生成のエネルギー源となると同時に、同じような波動存在(bhāva-loka)と互いに引きつけ合ってつながり、次の存在界にそのまま流れていきます。

もし、そのサンカーラが不幸や否定的なものであれば、新しい意識は同じように否定的で不幸な中で生まれます。逆に、徳や満足に満ちていれば、新たな生命は健全で幸福なものになるでしょう。

例えば「怒りや敵意」は、「熱や興奮」の波動を持ち、低い存在界と結びつきます。
同様に「mettā(愛と慈しみ)」は「穏やかで冷静」な波動を持つので、ブラフマー界としか結びつきません。

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「これは自然の法則であり、これらの法則は非常に完璧に秩序化されているため、その動作に欠陥はない」そうです。(ゴエンカ氏、断言)

真相は人類の永遠のテーマだと思いますが、似たような波動(エネルギー)と結びつくってのは、すごく実感できるので、私的には、「あー、そうかもなー」です。

瞑想者としての死の準備

ブッダも言っていますが、

だからこの死の瞬間の心構えが極めて重要なのだそうです。

」は、「老い・病い」と共に、 dukkha(ドゥッカ・苦しみ)であり、普通は、死が近づくと不安になり恐怖を感じ非常に不快な感覚をもたらすことが多いものです。

 

The Art of Dying』より翻訳抜粋 ********************* 

普通の人は、死が近づくと不安になり、恐怖を感じて、「恐怖」のバーヴァ・サーンカーラが浮かび上がってきます。同様に、愛する人との別れを考えると、「悲しみ」「嘆き」「落ち込み」などの感情が生まれ、関連するバーヴァ・サンカーラが出てきて心を支配します。

恐怖・怒り・悲しみ・苛立ちなどの感情で反応してしまうと、同じ波動のバーヴァ・サーンカーラが発生し、同じ波動の存在に引き寄せられる機会を与えることになります。

しかし、瞑想者であれば、死の間際でもすべての感覚を平静に観察することで、このような非常につらい感覚にも反応しないことができます。そうすれば、無意識の奥深くに眠っている同じ波動のバーヴァ・サー・カーラが発生することはありません。

本当の意味での「死の準備」とは、無常の理解をもって、心と体に現れる感覚を繰り返し平静に観察する習慣を身につけることです。

そうすれば死の瞬間に、平静さを保つ強い習慣が自動的に現れ、新しい人生でもヴィパッサナー瞑想を実践することができる次の存在に切り替わります。このようにして、人は低い存在に生まれずに最低でも瞑想が実践できる程度の存在に行くことができます。下界ではヴィパッサナー瞑想を実践できないので、これは非常に重要なことです。

瞑想者でなくても、「寛大さ」や「道徳心」などの強く健全な資質のバーヴァ・サンカーラが死の間際に現れたことで、有利な生まれ変わりをすることがあります。しかし、ヴィパッサナー瞑想者に特有なことは、ヴィパッサナーの実践を続けることができる存在に生まれ変わることができる点です。こうして、蓄積されたサンカーラのストックを少しずつ減らしていくことで、輪廻転生を短縮し、より早く解脱に到達することができるのです。

輪廻を信じるかどうかに関わらず、ヴィパッサナー瞑想を実践することで、どんな状況に置かれても人生が生きやすくなります。バランスのとれた心を育てる方法を学び、心が安定して強くなり、人生のあらゆる困難、死さえも乗り切る助けとなるのです。

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ということです。私は納得

以上、自分が死ぬ際の心構えでしたが、最後に自分の大切な人が死を迎える際に自分ができることもあげておきます。

死にゆく人のために瞑想者ができること

死の間際に、ヴィパッサナー瞑想を実践できる人がいたら、メッター(愛と慈悲の心)の有益な波動を発生させることができ、嘆きや憂いのない安らかな雰囲気を作り出すことができます。

瞑想者でも瞑想者じゃなくても、死にゆく人に、愛や慈悲、感謝の気持ちを目一杯伝えれば良いのです。

大事な人が死ぬとなると、取り乱すし、離れるのは嫌だと思うし、寂しい・悲しい・辛いのオンパレードになっちゃうけど、それじゃあ最悪の雰囲気になって、大切な人の行先がマズイことになっちゃいます。

まあ、泣いている=自分との別れが辛い=必要とされているってことだから、大抵は心が満たされると思いますが、泣きながらでいいので「いままで本当にありがとう」とか「一緒にいられて楽しかった」とか「大好き」とか、本人の意識があってもなくても、声に出して愛のある言葉を言ってあげるのがより良いと思います。

だって自分が死ぬ時に、誰かがそう言ってくれたら、たとえ断絶していた仲でも、嬉しくて、幸せと癒しで心がいっぱいになると思いませんか?

かつては自宅で家族に見守られて死ぬのが普通だったから、孫やら子供やらが泣いてるのを感じるだけで、幸せを実感しながら死ねたんだろうな、と思います。

建築家の黒川紀章さんが死んだ時のこと。

妻で女優の若尾文子さんが「私、あんまりいい奥さんじゃなかったわね」と言ったら、黒川氏は「そんなこと、そんなこと、そんなこと…。本当に君が好きだったんだから」と返事したのが最後の会話だったそうです。それまでの若尾文子さんは、いつも不機嫌そうな表情だったのに、夫の死後、本当に心から美しい優しい表情に変わったので、驚いたことを覚えています。

これは死にゆく者が残される者を癒したパターンですが、同時にご本人も「本当に好き! 幸せ」の気持ちで満たされていたと思います。

そういうことなんです。なんとなく伝わりましたか?

お盆のこの時期、思うところがあれば是非、波動のエネルギーをお試しくださいね。

以上です。