第2章 小さな章:4. 幸せ ② 267〜272

4. Maṅgalasuttaṃ 幸せのスッタ集 ②

マンガラ・スッタの続きです。

SN-2-4-267

"Āratī viratī pāpā, 
離れ 慎む 悪を
majjapānā ca saṃyamo;
酩酊 と 禁酒
Appamādo ca dhammesu,
勤勉 と ダンマにおいて
etaṃ maṅgalamuttamaṃ.
これは 幸せ

悪を慎み遠ざけて
酩酊する酒を断つ
ダンマを懸命に学ぶこと
これが幸せです。

解説

これは八正道の「正しい努力」の教えでもあります。正しい努力とは、次の4つです。

① 現在している悪いことをやめる
② 新たに悪いことをしない
③ 現在しているよいことを続ける
④ 新たによいことをする

飲酒戒は五戒の1つでもあり、穀物酒でも果実酒でも酒類を飲むことを戒めたものです。出家者の場合は、戒めではなく禁止です。「酒を飲むことがどうして悪いのか?」という質問がよくあります。答えは「自分のためにならない」からです。

酒や麻薬は、神経を麻痺させて心を狂わすものです。人は飲酒しなくても多くの過ちを犯しますが、飲酒によってその要因を増やすのは愚かなことです。五戒はすべて、自分のためにならないことの戒めです。他者のためではありません。

世界の多くの文化において、飲酒は社交の中心となり、アル中でなければ、社会は酒に酔うことに寛容でルーズです。酒を酌み交わすことによって、社会の一員として認めてもらえる側面もあります。

私自身も、飲めない家系でありながら、長年の会社勤めで少しずつ慣らされて、いつの間にか帰宅したらまず飲んで、心を癒す毎日でした。いま思えば、酒で心を騙し、ネガティブな思考をポワンと楽しい気分に置き換えて、誤魔化していたのだと思います。「酒は百薬の長」とばかりに少量ではありましたが、365日飲んでいました。そしてある日、気づいたのです。

「脳が壊れている、物事を正しく思考できていない」と。記憶力が低下し、明らかにアホになっていると実感したのです。「これは損をする自分のためにならない」と思ってやめました。案の定、酒を止めたら脳もどんどん復活して、こうしてきちんと考えられるようになりました。

SN-2-4-268

"Gāravo ca nivāto ca, 
尊重 と 謙虚さ と
santuṭṭhi ca kataññutā;
満足 と 感謝
Kālena dhammassavanaṃ,
適切に ダンマを・聞く
etaṃ maṅgalamuttamaṃ.
これは 幸せ

他を尊重して謙虚に
足るを知り、恩を知る。
適切なタイミングで
真理の教えを聞くこと
これが幸せです。

解説

gāravaは、リスペクトという意味が主流ですが、ここでは尊敬のニュアンスよりも、他の存在を尊重する、敬愛(尊敬して親みを持つ)の心だと思います。尊重・謙虚さ・満足・感謝の気持ちが心にあれば、心は明るく広がり、人生が豊かになります。これは「正しい気づき」を持って生きるということです。

SN-2-4-269

"Khantī ca sovacassatā, 
忍耐 と 従順
samaṇānañca dassanaṃ;
サマナを・と 見る
Kālena dhammasākacchā,
適切に ダンマを・会話
etaṃ maṅgalamuttamaṃ.
これは 幸せ

素直に忍耐強く
出家僧を見習い
しかるべき時には
ダンマについて語り合うこと
これが幸せです。

解説

khanti(カンティ)忍耐」は、心を完成させる「10のパーラミー」の1つです。これも「正しい気づき」です。素直忍耐強い人には、周りも手を貸したり、情報を提供したくなり、他者の助けをより多く得ることができます。出家僧とは、ここでは悟りの道の段階に入った人を指していると思います。賢明に誠実に道を進む人の行動を真似することは、幸せにつながるでしょう。

SN-2-4-270

"Tapo ca brahmacariyañca, 
精進 と 仏道修行・と
ariyasaccāna dassanaṃ;
聖なる真理を 見る
Nibbānasacchikiriyā ca,
涅槃・実現 そして
etaṃ maṅgalamuttamaṃ.
これは 幸せ

禁欲生活において精進し
聖なる真理を悟り
涅槃を実現すること
これが幸せです。

解説

8つの正しい道を進むことは、「正しい精進」であり、聖なる4つの真理を悟り、涅槃を実現することは「正しい精神統一」です。ここまでくれば、もはやアラハンの境地ですが、それは同時に本当の幸福の実現になります。

SN-2-4-271

"Phuṭṭhassa lokadhammehi, 
接触した 世の・ダンマ
cittaṃ yassa na kampati;
心 その人は ない 動揺
Asokaṃ virajaṃ khemaṃ,
ない・憂い 離塵の 安穏
etaṃ maṅgalamuttamaṃ.
これは 幸せ

世俗の倫理に触れても
その人の心には動揺がなく
憂いも穢れもなく安らかで
これが幸せです。

解説

lokadhamma:俗世間一般に通用する倫理・価値観。この世に生きている限り、世俗の価値観や倫理でものごとは進んでいます。その中で、平静さを保つことは、本当に並大抵のことではありません。それでもアラハンは、心を動かすことがありません。怒りや嫌悪はもちろん、喜びや楽しみ、嬉しいといった心の動きもないのです。ある意味、のように冷血ですが、その心は慈愛に満ちているのです。

SN-2-4-272

"Etādisāni katvāna, 
このような・ことを 行うなら
sabbatthamaparājitā;
一切の・得る・無敗の
Sabbattha sotthiṃ gacchanti,
一切の・得る 幸福 行く
taṃ tesaṃ maṅgalamuttama’’nti.
それは 彼らの 幸せ・最上の と

このようなことを行えば
あらゆることで負けることなく
どこへ行っても幸福を得る
これが彼らにとって最上の幸せです。

と(ブッダは)言いました。

解説

このように生きれば、何が起こっても、どこに行っても、彼ら(=デーヴァ神と人間)は幸せになれる、ということです。これが8つの正しい道「八正道」であり、いわゆる「道徳」の原型です。これらは、人が調和を持って生きていく上で、当たり前のことであり、特別なことではありません。

道徳は、他者に守らせるものではなく、自分が守るべきことですが、いつの間にか、他者に守らせるべき教育になっているようです。道徳は、他者に強いることではなく、たとえ他者が守っていなくても、気に留めず、自分が守ることに専念するのが吉祥です。

Maṅgalasuttaṃ catutthaṃ niṭṭhitaṃ.
幸せの・スッタ集 4番目 終わり

4. 幸せのスッタ集 終わり

このマンガラ・スッタ(吉祥経)は、第1章「8. メッタ・スッタ(慈経)」、第2章「1. ラタナ・スッタ(宝経)」と共に、上座部(テーラワーダ)仏教において、日常的に読誦されるパリッタ(経典)の1つです。

パリッタとは「保護防御」という意味で、病気や危険を避けるために唱える経典で、「護経」とも呼ばれます。テーラワーダ仏教徒にとっては、お守りのようなお経だそうです。

マンガラ・スッタは、生まれてから死ぬまで、私たちはどのように生きるべきか、どうすれば幸福になれるのか、という生き方の教えです。毎日、唱えることで忘れないようにということだと思いますが、唱えただけでやった気分になるのが人の常。

ゴータマ・ブッダ自身は「唱えなさい」とは、一度も言っていません。常に「実践しなさい」とだけ言っています。忘れないためにも、日々実践あるのみです。