第1章 蛇:7. ヴァサラ・卑しい人 116話

7. Vasalasuttaṃ ヴァサラ・卑しい人 ①

第1章「」の7番目のスッタ集は「vasala(ヴァサラ)卑しい人」がテーマです。

vasala(ヴァサラ)卑しい人」とは、インド社会における貧困層の人々の呼び名で、身分制度「カースト」から排除された「カースト外」として差別される人々の蔑称です。

インドの身分制度「カースト制」は、バラモン(バラモン教やヒンドゥー教の司祭)を最上位に、クシャトリヤ(王族・貴族・武族)、ヴァイシャ(庶民。商人・農業・牧畜などに従事)、スードラ(隷属民。労働者や奴隷)の4階級が続きますが、さらにその下に絶対に輪廻転生できない(永遠にカーストには入れない)とされる人々が、「アウト・カースト(カースト外)」として存在します。それが「vasala(ヴァサラ)」です。
 
ヴァサラ先住民であるダリット(黒人・土人)です。近年は、不可触民(アンタッチャブル)とも呼ばれ、現在でも約2億人が存在します。ブッダの時代から、インド社会において根拠なく抑圧されてきた先住民です。日本でも江戸時代の制度では、士農工商の枠外に「賤民」という民衆よりも下位の身分が置かれていましたが、それと同じような貧困層です。

このスッタ集でブッダは、バラモン階級の司祭であるアッギカ(火を祭る人という意味)・バーラドヴァーヤに「生まれによってヴァサラなのではなく行為によってヴァサラになる」と教えます。

序文

Evaṃ me sutaṃ – ekaṃ samayaṃ bhagavā sāvatthiyaṃ viharati jetavane anāthapiṇḍikassa ārāme. Atha kho bhagavā pubbaṇhasamayaṃ nivāsetvā pattacīvaramādāya sāvatthiṃ piṇḍāya pāvisi. Tena kho pana samayena aggikabhāradvājassa brāhmaṇassa nivesane aggi pajjalito hoti āhuti paggahitā. Atha kho bhagavā sāvatthiyaṃ sapadānaṃ piṇḍāya caramāno yena aggikabhāradvājassa brāhmaṇassa nivesanaṃ tenupasaṅkami.

私はこのように聞きました。

ある時、ブッダはサーヴァッティの近くにあるジェータ林苑のアナータピンディカの僧院に滞在していました。早朝、ブッダは衣を整え、鉢と袈裟(左肩から右脇下に掛ける長方形の布)を携えて、托鉢のためにサーヴァッティに入りました。

その頃、バラモン司祭のアッギカ・バーラドヴァーヤの家では、拝礼の炎が灯され、供物が掲げられていました。ブッダはサーヴァッティの家々を托鉢しながら回り、アッギカ・バーラドヴァーヤの家へと近づいていきました。

Addasā kho aggikabhāradvājo brāhmaṇo bhagavantaṃ dūratova āgacchantaṃ. Disvāna bhagavantaṃ etadavoca – ‘‘tatreva, muṇḍaka; tatreva, samaṇaka; tatreva, vasalaka tiṭṭhāhī’’ti.

アッギカ・バーラドヴァーヤは、遠くからやって来るブッダを見つけて言いました。

「そこで止まれ、ハゲ!」「そこで止まれ、ニセ坊主!」「そこで止まれ、ヴァサラ!」と。

Evaṃ vutte, bhagavā aggikabhāradvājaṃ brāhmaṇaṃ etadavoca – ‘‘jānāsi pana tvaṃ, brāhmaṇa, vasalaṃ vā vasalakaraṇe vā dhamme’’ti? ‘‘Na khvāhaṃ, bho gotama, jānāmi vasalaṃ vā vasalakaraṇe vā dhamme; sādhu me bhavaṃ gotamo tathā dhammaṃ desetu, yathāhaṃ jāneyyaṃ vasalaṃ vā vasalakaraṇe vā dhamme’’ti. ‘‘Tena hi, brāhmaṇa, suṇāhi, sādhukaṃ manasi karohi; bhāsissāmī’’ti. ‘‘Evaṃ, bho’’ti kho aggikabhāradvājo brāhmaṇo bhagavato paccassosi. Bhagavā etadavoca –

それを聞いてブッダは、バラモン司祭アッギカ・バーラドヴァーヤにこう言いました。「バラモンよ、あなたはヴァサラとは何か、あるいはヴァサラとなる条件を知っているのか?」と。

「いいえ、実は、ゴータマ君。私はヴァサラとは何か、またヴァサラになるような行為が何なのか知りません。もし、ゴータマ君が私に真実を教えてくれたら、ヴァサラとは何か、ヴァサラになる行為とは何かがわかるでしょう」

「バラモンよ、ではよく注意して、よく聞きなさい。教えましょう」。「どうぞ、お願いします」とバラモン司祭アッギカ・バーラドヴァーヤはブッダに答えました。ブッダは次のように言いました。

解説

バーラドヴァーヤは、自分が崇拝する神に拝礼の儀式を行なっている最中でした。そこに剃髪した世捨て人のブッダの姿が目に入り、神聖なる火が汚されることを怖れて、近づいてきたブッダに「止まれ、近寄るな」と怒りの言葉を投げたのです。

しかし、それに対して平然と静かに話すブッダの冷静沈着な様子に、バーラドヴァーヤも態度を改め、礼儀正しく接します。しかしバラモン階級ですから、王族であるブッダよりもカーストが上位です。ブッダに対して「bho gotama(友よ、ゴータマ)」と自分と同等、あるいは自分よりも目下の者への呼称を使っています。ここでは失礼ながら「ゴータマ君」と訳させていただきました。ご容赦ください。

SN1-7-116

‘‘Kodhano upanāhī ca, 
憤怒は 恨む と 
pāpamakkhī ca yo naro;
悪・隠す と 人は 人
Vipannadiṭṭhi māyāvī, 
間違った見解 偽善者
taṃ jaññā vasalo iti.
それは 知るべき ヴァサラと 実に

すぐに怒る恨みを抱く
他人のあらを探し
自分の悪癖は隠す
間違った考え方の偽善者
それがヴァサラと知るべきです。

解説

まず、ブッダ を見るや否や、いきなり怒ってなじったバーラドヴァーヤの、たった今の行為を戒めます。
 
ヴァサラ卑しいとは、
①身分・社会的地位が低い(生まれが卑しい)
②下品(性格が卑しい)
③貧しい、みすぼらしい(服装が卑しい)
④貪欲で、さもしい、意地汚い(食べ物や金に卑しい)
以上の4つの語彙がありますが、①はブッダが否定しています。②は心の卑しさ、③は外見の卑しさ、④は行動の卑しさを表しています。

このスッタ集では、116〜134話までの最終行がすべて同じフレーズで、「それがヴァサラと知るべきです」となります。