9. Vāseṭṭhasuttaṃ ヴァーセッタ①
2人の若者、ヴァーセッタとバーラドヴァージャの意見が食い違いました。どちらも譲らなかったため、サマナ・ゴータマにどっちが正しいか質問して、決着をつけようとした時のスッタです。
このスッタ集は全部で63スッタあり、スッタニパータ の中で最も長いスッタ集になります。
前文要約
ある時、世尊はイッチャーナンガラの森に滞在していました。当時、イッチャーナンガラには、チャンキー・バラモン、タールッコ・バラモン、ポッカラサーティ・バラモン、ジャヌッソーニ・バラモン、トーデイヤ・バラモンといった、多くの優れた裕福なバラモンが暮らしていました。
散歩中の若者、ヴァーセッタとバーラドヴァージャの2人は、そんなバラモンにどうすればなれるのか、話しはじめました。
バーラドヴァージャは、「バラモンは、母方も父方も高貴な生まれで、先祖の7代目まで純粋なバラモンの血統で、生まれつき非難されたことがない人だよ」と言いました。
ヴァーセッタは、「いや、徳があり、(聖なる)業に恵まれている人がバラモンだ」と主張しました。
2人の若者はお互いの主張を譲りませんでした。そこでヴァーセッタは提案しました。
「釈迦族の息子のサマナ・ゴータマが、イッチャーナンガラの森に滞在している。彼は尊いブッダ であり、崇高で悟りを開いた者であり、栄光に満ちた人だ。バーラドヴァージャよ、サマナ・ゴータマのところへ行って、意見を訊いてみよう。そしてゴータマの意見に私たちも従おうではないか」
「いいだろう」。バーラドヴァージャが了承し、こうして2人の若者は世尊のところへと行きました。ヴァーセッタは世尊に向かって次のように言いました。
SN-3-9-599
"Anuññātapaṭiññātā, 許された・自称する tevijjā mayamasmubho; 三明 私たち・ある・両者は Ahaṃ pokkharasātissa, 私は ポッカラサーティの tārukkhassāyaṃ māṇavo. タールッカの・これは 弟子
私たち2人は
三明として自他共に
認められています。
私はポッカラサーティの弟子
こちらはタールッカの弟子です。
解説
Tevijjā(三明)とは、ヴェーダに関する3つの教えに明るい、よく理解しているという意味です。
SN-3-9-600
"Tevijjānaṃ yadakkhātaṃ, 三明の 時に・掘った tatra kevalinosmase; そこで 完全に・知り Padakasma veyyākaraṇā, 聖句に通じた 文典に通じた jappe ācariyasādisā. 読誦 老師・同様の
私たちは三明を
完全に熟達しています。
聖句に精通し
文典にも通じており
老師と同様に暗誦できます。
SN-3-9-601
"Tesaṃ no jātivādasmiṃ, その 私たちは 出生・論について vivādo atthi gotama; 論争が ある ゴータマよ Jātiyā brāhmaṇo hoti, 生まれによる バラモンは 存在 bhāradvājo iti bhāsati; バーラドヴァージャは と 言う Ahañca kammunā brūmi, 私は・しかし 行為による 言う evaṃ jānāhi cakkhuma. このような 知るべき・何と 眼識者よ
ゴータマよ、
我々は出生論について
意見の食い違いがあります。
バーラドヴァージャは、
生まれた階級によって
バラモンになると言いますが
私は行いによると思います。
眼識者よ、
これをどう理解すればいいでしょう?
解説
一般論でのバラモンとは、インドのカースト制の最高位にあるバラモン教やヒンドゥー教の司祭階級です。古代インド哲学における、宇宙の根本原理を指すブラフマーから派生した語で、「ブラフマーに属する(階級)」という意味です。
カーストの起源には諸説あり、紀元前13世紀頃、インド・アーリア人が原住民を支配するために「ヴァルナ(四種姓)」を作り出し、自らを最高位の司祭・僧侶階級に置き、バラモンと称したのが始まりという説があります。
また、インド亜大陸(インド・バングラデシュ・パキスタン・ネパール・ブータンなど)には、もともとJāti(ジャーティ)というカーストの基礎となる共同体の単位があります。これは職業・地縁・血縁的な社会集団の階層を示すもので、生まれた者は親の職業を自動的に受け継ぎ、地域のために働きます。これは共通の祖先を有する関係を重要視した内婚集団でもあり、いわゆる世襲制です。
このスッタ集ではジャーティについて語っているので、この世襲制に絞って解釈します。
ジャーティ区分でのバラモンは、ゴートラ(系族)という神話上の聖者(isi イシ)を始祖とする血縁集団です。ゴートラ名は、父系一族のうち最も古い祖先と考えられる7人の聖仙の名から「◯◯◯の末裔」と称します。ゴートラ・イシは本来7人でしたが、後世に増えたそうです。
ジャーティは、もともとは排他的な制度ではなく、むしろ分業による相互補助的な制度であったようです。生まれながらに仕事の心配も、結婚の心配も、住むところの心配もしなくていいのですから。
SN-3-9-602
"Te na sakkoma saññāpetuṃ, 彼を ない できる 説得する aññamaññaṃ mayaṃ ubho; 互いに 私たちを 両者は Bhavantaṃ puṭṭhumāgamhā, 世尊に 尋ねるため・来た sambuddhaṃ iti vissutaṃ. 正覚者 と 有名な
私たちはお互いに
相手を説得できません。
正覚者として有名な世尊に
お尋ねするために来たのです。
解説
ヴァーセッタとバーラドヴァージャは、お互いに「私の意見は正しい=相手の意見は間違っている」と考えました。二極分裂です。「そうか、君はそう考えるんだ。そういう考えもあるんだねー」と思うことができれば、二極の中間に自分を配してバランスをとることになりますが、お互いに中間には立ちたくないようです。
SN-3-9-603
"Candaṃ yathā khayātītaṃ, 月に ように 滅尽・過ぎた pecca pañjalikā janā; 過ぎ去った 合掌の 人々が Vandamānā namassanti, 尊敬し 拝む evaṃ lokasmi gotamaṃ. このように 世間では ゴータマを
世間では満月に向かって
人々は手を合わせて
ゴータマ を尊敬して
拝んでいます。
解説
滅尽を過ぎた月=満月
SN-3-9-604
"Cakkhuṃ loke samuppannaṃ, 眼を 世間に 出現 mayaṃ pucchāma gotamaṃ; 私たちが 尋ねる ゴータマに Jātiyā brāhmaṇo hoti, 生まれにより バラモンに なる udāhu bhavati kammunā; 或いは なる 行為により Ajānataṃ no pabrūhi, ない・知る 私たちに 説いてください yathā jānesu brāhmaṇaṃ’’. ように 知る バラモンを
この世の眼として出現した
ゴータマに我々は尋ねます。
人は生まれによって
バラモンになるのですか?
それとも
行いによってなるのですか?
バラモンを理解できるように
知らないことを
我々に教えてください。
SN-3-9-605
"Tesaṃ vo ahaṃ byakkhissaṃ, それを あなたたちに 私は 説明しよう (vāseṭṭhāti bhagavā) ヴァーセッタ・と 世尊は anupubbaṃ yathātathaṃ; 順番に ありのままに Jātivibhaṅgaṃ pāṇānaṃ, 生まれの・分別 生き物の aññamaññā hi jātiyo. 相互に 実に 種は
ブッダ:
ヴァーセッタよ、
私はあなたたちに順を追って
ありのままに説明しよう。
生き物には出生による分別があり
種類が実に違う。
解説
これまでにないタイプの説明が始まりました。
SN-3-9-606
"Tiṇarukkhepi jānātha, 草・木・も 知りなさい na cāpi paṭijānare; ない しかし・また 知っている Liṅgaṃ jātimayaṃ tesaṃ, 印 生まれながらの それには aññamaññā hi jātiyo. 相互に 実に 種は
草木もそうです。
説明しなくても
生まれながらの特徴があり
種類が実に違う。
解説
草木もさまざまな種類があります。ツユクサやタンポポ、ブナの木や桜の木、カエデの木など、草木はなにも説明しなくても、生まれた時から種属の違いが決まっています。
SN-3-9-607
"Tato kīṭe paṭaṅge ca, それから 昆虫 コオロギ と yāva kunthakipillike; まで 蟻 Liṅgaṃ jātimayaṃ tesaṃ, 印 生まれながらの それには aññamaññā hi jātiyo. 相互に 実に 種は
それから昆虫も
コオロギから蟻まで
昆虫には生まれながらの
特徴があり
種類が実に違う。
解説
昆虫も生まれながらに、コオロギ、蟻、セミなど、種属が決まります。
SN-3-9-608
"Catuppadepi jānātha, 4つの足・も 知りなさい khuddake ca mahallake; 小なる と 大なる Liṅgaṃ jātimayaṃ tesaṃ, 印 生まれながらの それには aññamaññā hi jātiyo. 相互に 実に 種は
四つ足の動物もそうです。
大小の動物には
生まれながらの
特徴があり
種類が実に違う。
解説
四つ足の動物も生まれながらに、牛、馬、犬など、種属が決まります。
SN-3-9-609
"Pādūdarepi jānātha, 爬虫類・も 知りなさい urage dīghapiṭṭhike; 蛇を 長い・脊椎の Liṅgaṃ jātimayaṃ tesaṃ, 印 生まれながらの それには aññamaññā hi jātiyo. 相互に 実に 種は
爬虫類もそうです。
蛇やトカゲ
爬虫類には生まれながらの
特徴があり
種類が実に違う。
解説
爬虫類も生まれながらに、蛇、ワニ、トカゲなど、種属が決まります。
SN-3-9-610
"Tato macchepi jānātha, それから 魚・も 知りなさい odake vārigocare; 水生の 水中で・生きる Liṅgaṃ jātimayaṃ tesaṃ, 印 生まれながらの それには aññamaññā hi jātiyo. 相互に 実に 種は
それから魚もそうです。
水中で生きる水生の
魚には生まれながらの
特徴があり
種類が実に違う。
解説
魚も生まれながらに、鮭、サバ、マグロなど、種属が決まります。ちなみに秋鮭や紅鮭は、人間が勝手につけた呼び名です。
SN-3-9-611
"Tato pakkhīpi jānātha, それから 鳥・も 知りなさい pattayāne vihaṅgame; 翼に・乗る 空を・行く Liṅgaṃ jātimayaṃ tesaṃ, 印 生まれながらの それには aññamaññā hi jātiyo. 相互に 実に 種は
それから鳥もそうです。
翼に乗って空を飛ぶ
鳥には生まれながらの
特徴があり
種類がまさに違う。
解説
鳥も生まれながらに、鳩、つばめ、白鳥など、種属が決まります。
実に素晴らしい説明ですね。すごく納得、それで? と続きが楽しみになるスッタ集です。