第1章 蛇:9. ヒマラヤに住むヤッカ 175〜182話

9. Hemavatasuttaṃ ヒマラヤに住むヤッカ ③

SN1-9-175

"Ko sūdha tarati oghaṃ, 
誰が 一体この  渡る 激流を
kodha tarati aṇṇavaṃ;
誰がここで 渡る 大海を
Appatiṭṭhe anālambe, 
足場のない 支えのない
ko gambhīre na sīdati".
誰が 深い ない 沈む

この世でいったい誰が
この激流を渡るのでしょうか?
誰がこの大海を渡るのか?
足場も支えもなく
誰が深みに沈まないのでしょう?

解説

ヘーマヴァタは、川の流れのように止まることのない欲や嫌悪を「激流」に、輪廻転生を「大海」に喩えてブッダ に質問しました。

SN1-9-176

"Sabbadā sīlasampanno, 
常に 戒律を守り
paññavā susamāhito;
智慧があり よく抑え
Ajjhattacintī satimā, 
内なる・思考 気づく
oghaṃ tarati duttaraṃ.
激流を 渡る 渡り難い

常に戒律を守り
智慧があってよく抑え
心に浮かぶ思考に
気づいている者は
渡るのが困難な激流を
渡ることができる。

解説

ブッダの答えです。次に続きます。

SN1-9-177

"Virato kāmasaññāya, 
止めた 欲望・想いを
sabbasaṃyojanātigo;
すべて・束縛・克服
Nandībhavaparikkhīṇo, 
喜び・存在・滅した
so gambhīre na sīdati".
彼は 深み ない 沈む

欲のある考えを断ち
あらゆる束縛を克服し
喜びと存在を滅した者は
深みに沈むことはない。

解説

あらゆる束縛を克服した人は、つまりアラハン解脱した人です。アラハンになるためには、10の束縛を克服しなければなりません。解脱し、悟りの最終段階に至った状態では「喜び」という感情もありません。「喜びと存在を滅する」とは「生まれ変わって、再び存在することはない」という意味です。このスッタでブッダは、「そのような者は、深み(大海)に沈むことはない」、と言っているので、大海=輪廻転生と解釈しました。

SN1-9-178

"Gabbhīrapaññaṃ nipuṇatthadassiṃ,
明確な智慧の 巧み・道理・見る
akiñcanaṃ kāmabhave asattaṃ;
何も持たない 欲求と存在に 執着しない
Taṃ passatha sabbadhi vippamuttaṃ, 
彼を 見よ すべての点で 解放された
dibbe pathe kamamānaṃ mahesiṃ.
神の 道を 歩く 偉大な・聖者を

明確な智慧に恵まれ
真理を巧みに見極め
欲と存在に執着せず何も持たず
あらゆる点で解放された彼を見なさい
神の道を行く、偉大な聖者を。

解説

ヘーマヴァタがブッダを褒め称えます。nipuṇatthadassiṃ:nipuṇa(巧みな・熟練した)+attha(道理)+dassi(見る)。Mahesi:mahā(偉大な)+ isi(仏・仙人)=大賢者、大聖者 「偉大な聖者」はブッダの一般的な諡号(しごう:貴人や高徳の人に、死後おくる名前)です。

SN1-9-179

"Anomanāmaṃ nipuṇatthadassiṃ, 
最高の名 巧みな道理を見る
paññādadaṃ kāmālaye asattaṃ; 
智慧を与える 欲望と愛着 執着しない
Taṃ passatha sabbaviduṃ sumedhaṃ, 
彼を 見よ すべてを知る 賢い
ariye pathe kamamānaṃ mahesiṃ.
聖なる 道を 歩く 偉大な聖者

最高の名を持ち
真理を巧みに見極め
智慧を与え
欲と愛に執着せず
すべてを知る賢明な彼を見なさい
聖なる道を行く、偉大な聖者を。

解説

サーターギラも賛同して、ブッダを褒め称えます。

SN1-9-180

"Sudiṭṭhaṃ vata no ajja, 
よく理解した 実に 私達は 今日
suppabhātaṃ suhuṭṭhitaṃ;
よく夜が明けた よく立ち上った
Yaṃ addasāma sambuddhaṃ, 
それは 見た 正覚者に
oghatiṇṇamanāsavaṃ.
激流・渡った ない・汚れ

今日、私たちは
この夜明けに完全に目覚め
実によく理解しました。
それは完璧に悟った人
心に穢れがなく激流を渡った人に
お目にかかったからです。

解説

2人はウポーサタの夜にブッダを訪ね、質問に答えてもらった後、夜明けを迎えて大満足のようです。suppabhātaṃ suhuṭṭhitaṃ:直訳すると「よい夜明け、よい立ち上がり」ですが、「全く明るくなり(明白になり)真理に目覚めた」ということだと思います。

SN1-9-181

"Ime dasasatā yakkhā, 
これら 千の ヤッカ達は
iddhimanto yasassino;
神通力があり 天衣無縫
Sabbe taṃ saraṇaṃ yanti, 
すべて その 帰依 行きます
tvaṃ no satthā anuttaro.
あなたは 私達の 師 比類ない

神通力があり天衣無縫な
この千人のヤッカ達は
全員あなたに帰依します
あなたは私たちの比類なき師です。

解説

天衣無縫とは、「作為がなく、ごく自然な感じでしかも完全であるさま」です。ブッダの元を訪ねた2人のヤッカには、千人の仲間たちが同行していたようです。178〜179のスッタは、仲間に向けての言葉であることがここで判明します。

千人のヤッカ達には、神通力、つまり超常能力があるとしています。このことからヤッカ=夜叉(人間ではない霊的存在)と考えることもできますが、ヒマラヤ山麓には、通常の能力を超越した人々が住むという説もあるので、この辺りは各自のご想像にお任せします。

SN1-9-182

"Te mayaṃ vicarissāma, 
この 私達は 放浪しよう
gāmā gāmaṃ nagā nagaṃ;
村から 村へ 山から 山へ
Namassamānā sambuddhaṃ,
敬意を表して 正覚者を
dhammassa ca sudhammata"nti.
ダンマが と よいダンマである、と

私たちは村から村へ
山から山へと伝えて回ります。
完璧に悟った人に敬意を表し
ダンマの教えが
素晴らしい真理であることを。

解説

ヤッカ達は、ダンマの教えをひろめようと決意しました。これでヒマラヤに住むヤッカのスッタ集は終了です。

Hemavatasuttaṃ navamaṃ niṭṭhitaṃ.
ヒマラヤに住むスッタ集 7番目 終わり

7. ヒマラヤに住むヤッカのスッタ集 終わり