第1章 蛇:10. 森に住む妖怪アーラヴァカ 183〜194

10. Āḷavakasuttaṃ 森に住む妖怪アーラヴァカ

森に住むヤッカが、ブッダに謎かけをするスッタ集です。

Āḷavaka(アーラヴァカ)は、森に住むという意味です。森に住むアーラヴァカもヤッカです。しかしヒマラヤに住むヤッカ達とは違って、なかなか困ったヤッカなので、アーラヴァカはヤッカ=妖怪と訳してみました。妖怪としての yakkha は、peta(亡者、餓鬼、死霊)よりも幸せな存在だそうです。


序文

Evaṃ me sutaṃ – ekaṃ samayaṃ bhagavā āḷaviyaṃ viharati āḷavakassa yakkhassa bhavane. Atha kho āḷavako yakkho yena bhagavā tenupasaṅkami; upasaṅkamitvā bhagavantaṃ etadavoca –
‘‘nikkhama, samaṇā’’ti. ‘‘Sādhāvuso’’ti bhagavā nikkhami. ‘‘Pavisa, samaṇā’’ti. ‘‘Sādhāvuso’’ti bhagavā pāvisi.

私はこのように聞きました。
ある時、ブッダが森にある妖怪の宿坊に滞在したことがありました。森に住む妖怪アーラヴァカは、ブッダのところへ近づいて行き、ブッダにこう言いました。
「出て行け、修行者!」と。
「わかったよ、友よ」とブッダは出て行きました。
「入れ、修行者!」
「わかったよ、友よ」とブッダは中に入りました。

Dutiyampi kho…pe… tatiyampi kho āḷavako yakkho bhagavantaṃ etadavoca – ‘‘nikkhama,
samaṇā’’ti. ‘‘Sādhāvuso’’ti bhagavā nikkhami. ‘‘Pavisa, samaṇā’’ti. ‘‘Sādhāvuso’’ti bhagavā pāvisi.

2度目は…略…3度目に、森に住む妖怪は、「出て行け、修行者!」とブッダに言いました。
「わかったよ、友よ」とブッダは出て行きました。
「入れ、修行者!」と言うと、ブッダは入って行きました。

Catutthampi kho āḷavako yakkho bhagavantaṃ etadavoca – ‘‘nikkhama, samaṇā’’ti. ‘‘Na khvāhaṃ taṃ, āvuso, nikkhamissāmi. Yaṃ te karaṇīyaṃ, taṃ karohī’’ti.

そして4度目に、森に住む妖怪はブッダに、「出て行け、修行者!」と言いました。
「友よ、もう私は出て行きませんよ。あなたの好きなようにしなさい」

‘‘Pañhaṃ taṃ, samaṇa, pucchissāmi. 
質問 あなたに 修行者よ 尋ねる
Sace me na byākarissasi,
cittaṃ vā te khipissāmi, 
心を または あなたの 乱す
hadayaṃ vā te phālessāmi, 
ハートを または あなたの 分裂する
pādesu vā gahetvā pāragaṅgāya khipissāmī’’ti.
足を あるいは 掴んで ガンジス川の向こう岸へ 投げる

「修行者よ、私はあなたに質問しよう。もし答えられないなら、心をかき乱すか、心臓を引き裂くか、足を掴んでガンジス川の向こう岸に投げてやる」

‘‘Na khvāhaṃ taṃ, āvuso, 
ない 私 それを 友よ
passāmi sadevake loke samārake sabrahmake 
そうですか 天と共なる 世界 魔と共なる 梵天と共なる
sassamaṇabrāhmaṇiyā pajāya sadevamanussāya yo me
僧やバラモンを含む からなる 神と人を含む 誰 私の
cittaṃ vā khipeyya hadayaṃ vā phāleyya pādesu vā gahetvā pāragaṅgāya khipeyya. 
Api ca tvaṃ, āvuso, puccha yadākaṅkhasī’’ti. 
誰も と あなた、 友よ、 質問する の時に・したい と。
Atha kho āḷavako yakkho bhagavantaṃ gāthāya ajjhabhāsi –

「友よ、私はこの世にも天界、魔界、ブラフマー界にも、神々や人間、修行者やバラモンからなる存在の中に、私の心をかき乱したり、私の心臓を引き裂いたり、私の足を取ってガンジス川の向こう岸に投げることができる者は、誰もいないと思うのです。
友よ、あなたが聞きたいことがあるのなら、私に質問しなさい」。
そこで森に住む妖怪アーラヴァカは、ブッダに次のように呼びかけました。──

解説

森に住む妖怪アーラヴァカは、ブッダが満足するような答えをできなければ「心をかき乱すか、心臓を引き裂くか、ガンジス川の向こう岸に投げる」と脅しました。Sādhāvuso:sādhu(よい、了解) + āvuso(友よ、兄弟)

SN1-10-183

‘‘Kiṃ sūdha vittaṃ purisassa seṭṭhaṃ, 
何が か・この世で 富 人にとって 最高
kiṃ su suciṇṇaṃ sukhamāvahāti;
何が か よく行う 幸せをもたらす
Kiṃ su have sādutaraṃ rasānaṃ, 
何が か 確かに より美味 味の中で 
kathaṃ jīviṃ jīvitamāhu seṭṭhaṃ’’.
どのように 生きる 生命を 言う 最高と

この世で人間にとって最高の財産とは何か?
何をすれば幸せになるのか?
最も美味な味わいとは何か?
どのような生き方が最高の人生なのか?

解説

rasaラサは味わいのことです。インドの伝統的医学アーユルヴェーダでは、6つのラサ(甘味・酸味・塩味・苦味・辛味・渋み)があります。味覚も5つの感覚器官の1つです。現在では味蕾に受容体が存在するものとして定義され、甘味・酸味・塩味・苦味・うま味の5つが該当します。また、ラサには情緒という意味もあり、インドの古典音楽や舞踊では、9つの感情(ナヴァ・ラサ)を表現します。

SN1-10-184

‘Saddhīdha vittaṃ purisassa seṭṭhaṃ, 
信心・この世で 富 人にとって 最高の
dhammo suciṇṇo sukhamāvahāti;
ダンマが よく行う 幸福をもたらす
Saccaṃ have sādutaraṃ rasānaṃ, 
真実は 確かに より美味 味の中で
paññājīviṃ jīvitamāhu seṭṭhaṃ’’.
智慧によって生きる 生命を 言う 最高

信じることはこの世で
人間にとって最高の財産となる
ダンマをよく実践すれば幸せになる
真理は最高の味であり
智慧を持って生きる人生を最高と呼ぶ。

解説

4つの質問に対してブッダは、最高の財産は「信じること」、「ダンマ(自然の法則)を実践」すれば幸せになり、「真理」は最高の味であり、最高の人生は「智慧を持って生きること」としています。saddha は、「信仰」と訳すこともできますが、「その通りだと思う」という意味です。つまり「納得して信頼すること」です。いわゆる「信仰」とは違います。ブッダが言ったから、先生が言ったから、そういう教えだから信じるのではなく、自分自身が「その通りだな」と心から思った上で、信頼するということです。日本人は特に、よく確かめもせずに周りに同調しがちですが、ちゃんと確かめて信じることは、理解に基づく確信なのです。

SN1-10-185

‘‘Kathaṃ su tarati oghaṃ, 
どのように 一体 渡る 激流を
kathaṃ su tarati aṇṇavaṃ;
どのように 一体 渡る 大海を
Kathaṃ su dukkhamacceti, 
どのように 一体 苦しみ・超える
kathaṃ su parisujjhati’’.
どのように 一体 浄化する

どうやって激流を渡るのか?
どうやって大海を越えるのか?
どうやって苦しみを克服するのか?
どうやって人は浄化されるのか?

解説

9. ヒマラヤ に住むヤッカ」でも似たような質問がありました。「激流」は川のように流れ続ける渇望(欲と嫌悪の執着)のこと、「大海」とは輪廻転生のことです。

SN1-10-186

‘‘Saddhā tarati oghaṃ, 
信心によって
appamādena aṇṇavaṃ;
真摯によって 
Vīriyena dukkhamacceti, 
努力によって 
paññāya parisujjhati’’.
智慧によって 

確信によって激流を渡り
勤勉さによって大海を渡り
努力によって苦しみを克服し
智慧によって人は浄化される。

解説

ここでブッダが答えた5つは「pañc’ indriyāni(解脱するための5つの能力です)」appamādena:真摯に、勤勉に、真面目に。は、すべての進歩の基礎と考えられています。

SN1-10-187

‘‘Kathaṃ su labhate paññaṃ,
どのように 一体 得る 智慧を
kathaṃ su vindate dhanaṃ;
どのように 一体 見出す 財産を
Kathaṃ su kittiṃ pappoti,
どのように 一体 名誉を 獲得する
kathaṃ mittāni ganthati;
どのように 友を 結ぶ
Asmā lokā paraṃ lokaṃ, 
この 世から あの 世へ
kathaṃ pecca na socati’’.
どのように 死後 ない 悲しみ

どうやって智慧を得る?
どうやって財産を見出す?
どうやって名誉を得る?
どうやって友好を結ぶ?
この世を去り来世で
どうすれば悲しまずにすむのか?

SN1-10-188

‘‘Saddahāno arahataṃ, 
信じて アラハンの
dhammaṃ nibbānapattiyā;
ダンマを 涅槃を得るため
Sussūsaṃ labhate paññaṃ, 
聞きたい 得る 智慧を
appamatto vicakkhaṇo.
怠りなく 聡明な者は 

アラハンが涅槃を得るための
ダンマを信じて
その教えを聞きたいと
熱心で聡明な者は
智慧を得るだろう。

解説

まず、智慧を得る方法が語られました。ブッダの答えは次のスッタに続きます。

SN1-10-189

‘‘Patirūpakārī dhuravā, 
適切なことを行う 忍耐強い
uṭṭhātā vindate dhanaṃ;
やる気ある者は 見出す 財産を
Saccena kittiṃ pappoti, 
真実によって 名声を 得る
dadaṃ mittāni ganthati.
与えることで 友好を 結ぶ

正しいことを忍耐強く行い
努力する者は財産を得て
真理によって名声を得て
与えることで交友を結ぶだろう。

解説

dadāti:「与える」とは、自分の物や能力を、他者と共有することです。共有することで、他者とつながることができます。良い人間関係は、与えることから始まります。
 
与える性格の人は、他者の気持ちを無視したり、自分の考えを押しつけたないので、自然に周りに人が集まってくるのです。周りに信頼できる人間関係があれば、何かが必要になった時に、誰かが助けてくれます。結果として、自分が与えたよりも多くを受け取ることになるのです。だから与えれば与えるほど、与えられるのです。これが自然の法則です。だからといって、見返りを期待して何かを与えてはいけません。期待は相手に対する要求です。

SN1-10-190

‘‘Yassete caturo dhammā, 
彼に 4つの ダンマが
saddhassa gharamesino;
信心があり 在家の生活に
Saccaṃ dhammo dhiti cāgo, 
真実 ダンマ 堅実 放棄
sa ve pecca na socati.
彼は 実に 死後に ない 悲しみ

信心ある在家者として生活し
正直、ダンマ、堅実、放棄の
4つのダンマが備わっていれば
死後に悲しむことにはならない。

解説

死後に悲しまないためには、Sacca真実を隠さず正直であること、dhamma ダンマ(真理)=自然の法則に従うこと、dhiti:勇気と強い意志をもって堅実でやる気があること、cāga:自己の所有欲と利己心を放棄し、無私無欲であること、つまり無償で与えること、の4つが必要です。

SN1-10-191

‘‘Iṅgha aññepi pucchassu, 
さあ 他の 質問も
puthū samaṇabrāhmaṇe;
多くの 修行者・バラモンに
Yadi saccā damā cāgā,
もし 真実 自制心 放棄
khantyā bhiyyodha vijjati’’.
忍耐 より多く 見出される

さあ、他の多くの修行者や
バラモン達にも聞いてみなさい。
正直、自制心、放棄、忍耐よりも
優れたものがあるかどうか。

解説

ブッダは4つを少し言い換えています。ダンマを dama自制心堅実さkhanti忍耐にしています。忍耐とは、我慢することではありません。他者の間違いに耐えることができ、寛大で、全てに利点を見出すことです。

SN1-10-192

‘‘Kathaṃ nu dāni puccheyyaṃ, 
どうして 実に 今 問うか
puthū samaṇabrāhmaṇe;
多くの 修行者・バラモンに
Yohaṃ ajja pajānāmi, 
その 私は 今日 知った
yo attho samparāyiko.
それは 道理 未来の状態に関するもの

どうして今さら、他の修行者や
バラモン達に問うでしょう。
私は今日、
来世への道を知ったのです。

解説

森に住む妖怪アーラヴァカは、ブッダの答えを聞いて改心しました。

SN1-10-193

‘‘Atthāya vata me buddho, 
のために 実に  私の ブッダは
vāsāyāḷavimāgamā;
滞在・森に・行く
Yohaṃ ajja pajānāmi, 
その・私は 今日 了解する
yattha dinnaṃ mahapphalaṃ.
の所へ 与えられた 大きな・果報

実は私のためにブッダは
やって来て森に滞在したのです。
今日私は、わかりました
与えれば大きな果報となることが。

解説

よかったです。

SN1-10-194

‘‘So ahaṃ vicarissāmi, 
それを 私は 放浪しよう
gāmā gāmaṃ purā puraṃ;
村から 村へ 町から 町へ
Namassamāno sambuddhaṃ, 
敬意を表し 正覚者を
dhammassa ca sudhammata’’nti.
ダンマが と よいダンマである、と

私は村から村へ
町から町へと伝えて回ります。
完全に悟った者と
ダンマの教えが
素晴らしい真理であることを。

解説

ヒマラヤに住むヤッカ達と同様に、ダンマの教えを広めることを決意しました。

Āḷavakasuttaṃ dasamaṃ niṭṭhitaṃ.
アーラヴァカ(森に住む)スッタ集 10番目 終わり

10. 森に住む妖怪アーラヴァカのスッタ集 終わり