第4章 8つのこと:14. 速やかにやるべきこと 927〜933

14. Tuvaṭakasuttaṃ 速やかにやるべきこと ②

ここからはより具体的な実践方法になります。

SN-4-14-927

‘Akittayī vivaṭacakkhu, 
見た 開いた・目
sakkhidhammaṃ parissayavinayaṃ;
証人・ダンマの 危機を・律する
Paṭipadaṃ vadehi bhaddante, 
実践の道を 答えてください ブッダよ
pātimokkhaṃ athavāpi samādhiṃ’’.
戒律を あるいはまた 心の統一を

あなたが自ら証明された
困難を除く真理を知って
開眼しました。
ブッダよ
戒律や心の統一について
実践法を教えてください。

解説

pāṭimokkhaパーティモッカは、男性出家修行者のための227の規則と、女性出家修行者のための311の規則からなる戒律です。samādhi:サマーディは「心の統一」精神集中のことです。質問者(ブッダの化身)は、具体的な実践法を尋ねています。

SN-4-14-928

‘‘Cakkhūhi neva lolassa, 
眼において ない・実に 動揺が
gāmakathāya āvaraye sotaṃ;
村人・物語 妨げる 耳を
Rase ca nānugijjheyya, 
味において また ない・貪り
na ca mamāyetha kiñci lokasmiṃ.
ない また 私のもの・思う 何でも 世において

目で見たものに対して
決して心を動かさず
世俗の話題から耳をふさぎ
味にこだわらず
世の中の何であっても
「私のもの」と思ってはいけない。

解説

私たちは目で何かを見ては「オッ、かわいい」「ゲッ、嫌だ」と目まぐるしく心を動かしています。食べたものを「美味しい」と感じては喜び、「まずい」と感じては不愉快になり、勝手な味覚の判断によって、心が快・不快に揺れ動きます。「こないだ近所で事件があって」「あの人が昇格して」と俗っぽい話を聞いては、平静を装いつつも「私も巻き込まれていたら……」「私は昇格しないのか」と心が動揺します。

自分を取り巻く周囲の人や物質に「私のもの」とレッテルを貼ることで、私のものが、私から遠くなったり、近くなったりするたびに、心が揺れるのです。

SN-4-14-929

‘‘Phassena yadā phuṭṭhassa, 
接触によって の時に 接触した
paridevaṃ bhikkhu na kareyya kuhiñcñcci;
嘆きを 出家者は ない 為すように いかなる場合でも
Bhavañca nābhijappeyya, 
生存を・また ない・望むように
bheravesu ca na sampavedheyya.
恐怖に対して また ない 怯えるように

何が起きても
出家者はいかなる場合でも
嘆いてはいけない。
生きることを望んだり
恐怖に対して
怯えることがないように。

解説

病気になった時でも、嘆いたり、「生きたい」と願ったり、死の恐怖に怯えたりすることは、出家者にはNGです。なぜなら、生命はいつか必ず死ぬので、それを避けることは不可能で、そのことで心を動かすことは、次の輪廻転生を招くからです。

生きたい、死にたくない」という思いは、生存本能に基づく強い願望です。上下に激しく揺れるような大きな心の動揺を伴い、それが生命を輪廻させるエネルギー源となります。

SN-4-14-930

‘‘Annānamatho pānānaṃ, 
米飯 飲み物
khādanīyānaṃ athopi vatthānaṃ;
固形食品 それから・また 衣服
Laddhā na sannidhiṃ kayirā, 
得られても ない 蓄えを 為す
na ca parittase tāni alabhamāno.
ない また 怖れる それらを ない・得ても

米飯と飲み物
食品や衣服を得ても
それを貯め込まないように。
それらが手に入らなくても
不安にならないようにしなさい。

解説

人は貯め込むのが大好きです。未来の不安を心に作り出しては、それに備えて蓄えようとします。しかしあらゆる生命は、生きるために必要なものはすべて与えられるので、必要以上に得ることはありません。貯め込むことは自然の法則に反するので、その分どこかで何かを失うことになります。

SN-4-14-931

‘‘Jhāyī na pādalolassa, 
瞑想者は ない 歩く・欲のままに
virame kukkuccā nappamajjeyya;
止めるように 後悔を ない・混乱して忘れる
Athāsanesu sayanesu, 
また・座所に 寝床に
appasaddesu bhikkhu vihareyya.
少ない・音の 出家者は 住むように

瞑想者は落ち着いて
後悔するようなことは止め
常に気づきをもって
寝ているときも起きている時も
静かな環境に暮らすように。

解説

後悔するようなこと=悪い行為です。悪い行為はしてはいけませんが、人間は間違う生き物なので、間違ってしてしまうこともあります。しかし、そこで後悔してはいけないのです。

後悔は、自分の判断結果が好ましくなかったため過去に別の判断をしたことを願う感情です。悪行為+自分の判断の否定+別の判断を望むトリプルパンチです。後悔したところで現実は変わりません。失敗したままです。自分の過ちを認めて、直ちに改善すればいいだけなのです。

SN-4-14-932

‘Niddaṃ na bahulīkareyya, 
休息を ない 多く・為すように
jāgariyaṃ bhajeyya ātāpī;
目覚めて 遵守するように 熱心に
Tandiṃ māyaṃ hassaṃ khiḍḍaṃ, 
怠惰を 偽りを 笑いを 楽しみを
methunaṃ vippajahe savibhūsaṃ.
性交を 捨てるように 飾ること

寝過ぎないようにして
熱心に気づいていること。
怠惰、欺瞞、笑い、娯楽
性行為、装飾をやめること。

解説

瞑想修行者は、深く眠りについている時以外は、眠りにつく直前まで気づきをもって、自身の心を観察し続けなければなりません。瞑想中は半睡眠状態なので、睡眠時間は少なくても問題ありません。むしろ瞑想によって覚醒し、眠れないこともありますが、そんな時でも、身体は横たえて休ませる必要がありますが、心が起きているなら観察を続けるのです。

欺瞞は、誤魔化したり、騙すことです。笑ったり、楽しんだりしても、時間を無為に過ごすだけです。装飾は、化粧をしたり、着飾ったり、上部を取り繕うことです。

SN-4-14-933

‘Āthabbaṇaṃ supinaṃ lakkhaṇaṃ, 
魔術を 夢を 占いを
no vidahe athopi nakkhattaṃ;
ない 手配する あるいは・また 占星術を
Virutañca gabbhakaraṇaṃ, 
鳥獸声占いを 懐妊術を
tikicchaṃ māmako na seveyya.
医学を 自分のものは ない 従う

魔術、夢、占い、占星術
鳥の鳴き声の解釈
懐妊術や医学に
従事してはならない。

解説

出家者は、占いや魔法といった迷信・根拠のない技術に頼るのはもちろん、医学にも携わってはいけません。まして子宝を授けるなどと称してはいけないのです。