第5章 彼方への道:序文

5. Pārāyanavagga 彼方への道

スッタニパータ第5章「Pārāyanavagga(パーラーヤナ・ヴァッガ)彼方への道」は、修行者のために最終ゴールへの道を説いたスッタ集です。

Pārāyana(パーラーヤナ)とは、日本語では「彼岸道」、英語では「the highest point」「final aim」です。日本で彼岸というと、死後の世界を連想しますが、そうではなく「悟りの世界」です。限定された時空間ではないので、当サイトでは宇宙的な拡がりを込めて「彼方への道」としました。

16人の青年バラモンがブッダに質問し、ブッダがそれに答える形で、「彼方(彼岸・悟りの境地・涅槃)とはどんな世界なのか」「どう修行すれば、彼方に至れるか」について説明されています。青年バラモンといっても、16人はすでに尊者と呼ばれ、それぞれが千人の弟子を抱えていたそうです。

第5章は「序文」+「16人との問答集」+「エピローグ」で構成されています。

まず序文では、ヴェーダ聖典に精通したバラモンの老司祭バーヴァリが、16人の青年バラモンをブッダのもとに送ることになった経緯や、16人がラージャガハへ向かう旅路について述べられています。

序文もスッタ形式(982〜1037)になっていますが、1030までは物語なので、このサイトでは概要掲載にとどめています。1031から詳細翻訳しています。

Vatthugāthā 序文

バーヴァリはコーサラ国王の司祭でしたが、高齢のため引退し、アッサカ領のゴーダーヴァリ河畔に住んでいました。近隣の村から多額のお布施が毎年寄せられましたが、バーヴァリはそれをすべて祭礼に捧げ、自分は木の実や果実を食べて質素に暮らし、無の境地を求めて修行を続けていました。

ある日、詐欺師のバラモンがみすぼらしい姿でやってきて、500枚のお金を要求します。バーヴァリは助けたいと思いますが、お布施をすべてを祭礼に捧げた後で無一文でした。お金をもらえなかった詐欺師のバラモンは、「金をくれなければ、7日目にあなたの頭が7つに割れる」と呪いをかけます。

本気にしたバーヴァリは怖れ、嘆きます。すると慈悲深い女神がバーヴァリを慰めて、「彼はお金目当ての詐欺師だ」と教えます。それでも頭が7つに割れることを心配したバーヴァリは、女神に頭について尋ねます。すると女神は、「私も頭のことは知らない。この世のすべてを知っているブッダなら、わかるかもしれない」と答えます。

そこでバーヴァリは、自分の補助司祭だった16人の青年バラモンをブッダのもとに送ります。青年バラモンの1人がバーヴァリに尋ねます。「サンマー・サン・ブッダと思われる方に会った時、その方がサンマー・サン・ブッダであるとわかるのでしょうか?」

バーヴァリは、「ヴェーダ聖典によると、偉大な方が備えている32の特徴があるはずだ」として、その特徴を伝えました。さらに「私の生まれた日と名前、私の身体的特徴、頭のことを、心の中で彼に尋ねなさい。彼がサンマー・サン・ブッダであれば、心の中で問われた質問に、言葉で返答するだろう」と教えます。

こうして16人の青年バラモンは髪を結い、黒いカモシカ皮の衣を来て、ブッダを訪ねて北に向かって出発しました。彼らは16の都市を超えてブッダのいる地へと旅しました。

そしてついに青年バラモンのアジタは、太陽や満月のように光り輝くブッダに出会います。ブッダに32の特徴を見つけたアジタは、心の中でバーヴァリに言われた通りの質問を思い浮かべます。

アジタは心の中で思っただけでしたが、ブッダは「彼の年齢は120歳。姓はバーヴァリ。彼の身体には3つの特徴があり、500人の弟子がいて、ヴェーダの奥義に精通している」と答えます。アジタがさらに、3つの身体的特徴について具体的に答えるよう心の中に思い浮かべると、「舌が大きい、眉の間に白い毛が生えている、陰部が身体の内に隠れている」と言い当てます。

アジタは感動して、バーヴァリの悩みの種「頭のこと」をブッダに尋ねます。

解説

サンマー・サン・ブッダ」とは、ブッダ(涅槃に至った覚者)の中でも、他者を悟りに導くことができる完全な正覚者のことです。この世に最大5人まで出現すると言われていて、ゴータマ・ブッダはその4人目です。ブッダについて詳細はこちら

32の特徴については、仏教でいうところの「三十二相」のことですが、真偽が疑わしいのでこのサイトでは言及していません。

* * *

SN-5-0-1031

‘Muddhaṃ muddhādhipātañca, 
頭とは 頭が割れるとは
bāvarī paripucchati;
バーヴァリが 質問した
Taṃ byākarohi bhagavā, 
それを 説明してください ブッダよ
kaṅkhaṃ vinaya no ise’’.
疑念を 除いて 私たちの ください

アジタ:
頭とは?
頭を割れるとは?
バーヴァリが尋ねたことについて
ブッダよ、
説明してください。
私たちの疑念を
取り除いてください。

解説

アジタは師匠であるバーヴァリの悩みの種について質問します。

SN-5-0-1032

‘‘Avijjā muddhāti jānāhi, 
無知 頭とは 知りなさい
vijjā muddhādhipātinī; 
智慧は 頭を・割る
Saddhāsatisamādhīhi, 
信念・気づき・精神統一
chandavīriyena saṃyutā’’.
やる気・努力と 結合の

ブッダ:
頭とは無知だと知りなさい
確信・気づき・精神統一
意欲・努力を伴って、
智慧が頭を割るのです。

解説

頭で考えたことは無知だ」ということです。その(無知)は、智慧によって砕かれる。その智慧には、確信(自分の道を疑わない信念)・気づき精神統一(集中力)・やる気努力、つまり「5つの友pañc’indriya)」が伴わなければならない、というブッダの教えの真髄です。

智慧にこの5つの友が備わると、悟りを妨げる「5つの障害nīvarana)」に打ち勝ち、頭を割る(無知を破る)ことができるのです。

詐欺師のバラモンはなんの考えもなく「お前の頭は7つに割れる」と嫌がらせで言っただけなのに、それは結果としてバーヴァリやその弟子たちを、深い教えに導くきっかけになったのかもしれません。

SN-5-0-1033

Tato vedena mahatā, 
それ故に 感嘆して 大いなる
santhambhitvāna māṇavo; 
硬くなる 青年は
Ekaṃsaṃ ajinaṃ katvā, 
片方の肩に 皮衣を 掛けて
pādesu sirasā pati.
両足に 頭をつけて 主の

これを聞いて青年は
大いに感嘆して身を硬くし
黒いカモシカ皮の衣を
片方の肩に掛けて
ブッダの足元に
ひれ伏しました。

解説

ajinaṃ:動物の皮。特に黒いカモシカの皮。

SN-5-0-1034

‘‘Bāvarī brāhmaṇo bhoto, 
バーヴァリ バラモンは 尊師は
saha sissehi mārisa;
共に 弟子達と 敬愛なる方よ
Udaggacitto sumano, 
心・歡喜し 満足している
pāde vandati cakkhuma’’.
足元を 礼拝します 洞察力ある方よ

敬愛なる方よ、
バラモンのバーヴァリ尊師は
彼の弟子たちと共に
心から歓喜し、満足しています。
洞察力のあるお方の足元に
敬意を表します。

解説

cakkhuma:見る目のある人、洞察力や智慧がある人のこと。

SN-5-0-1035

‘‘Sukhito bāvarī hotu, 
幸せで バーヴァリ あるように
saha sissehi brāhmaṇo;
共に 弟子達と バラモンは
Tvañcāpi sukhito hohi, 
あなたも・そして 幸せで あるように
ciraṃ jīvāhi māṇava.
長く 生きなさい 青年よ

ブッダ:
バラモンのバーヴァリが
弟子たちと共に幸せでありますように。
青年よ、長生きしなさい
そしてあなたも幸せでありますように。

解説

Sukhito:幸せ・健康・満足

SN-5-0-1036

‘‘Bāvarissa ca tuyhaṃ vā, 
バーヴァリ と あなたに あるいは
sabbesaṃ sabbasaṃsayaṃ;
すべての人に すべての疑問を
Katāvakāsā pucchavho, 
作った・機会を 質問しなさい
yaṃ kiñci manasicchatha’’.
ことを 何でも 心に・思う

バーヴァリにもあなたにも
すべての人にあらゆる疑問がある。
機会を作ったから
何でも思うことを質問しなさい。

SN-5-0-1037

Sambuddhena katokāso, 
正覚者によって 機会が与えられ
nisīditvāna pañjalī;
坐って 合掌し
Ajito paṭhamaṃ pañhaṃ, 
アジタは 最初の 質問を
tattha pucchi tathāgataṃ.
そこで 尋ねた 修行完成者に

サン・ブッダの
許しを得たアジタは
そこに坐って合掌し
タターガタに最初の質問をした。

解説

sambuddha(サンブッダ):正覚者のこと。tathāgata(タターガタ):修行完成者。ブッダは自身を指すときに「タターガタ」と呼びました。

わざわざ言い換えているのは、この経典が修行者の教科書として、sambuddhatathāgataであることを伝えているように思います。

Vatthugāthā niṭṭhitā.
序文 終わり

序文 終わり

解説

この序文では、「彼方への道」の第一歩としてまず、ブッダの話を聞き、信じることから始まっています。光り輝くブッダを拝むような「信仰」ではなく、その教えを聞いて、「この教えなら本物だ」と納得する「saddhā(サッダー)確信」です。

次から青年バラモンたちの質問が始まります。