第3章 Mahā-vagga 大きな章
第3章(407〜771)は、365スッタある大きな章です。第2章 小さな章(224〜406)は、187スッタが14スッタ集に分かれていますが、この章では、倍の365スッタが12スッタ集になっているので、各スッタ集のボリュームがあります。
1. Pabbajjāsuttaṃ 出家
Pabbaji は、出家という意味です。このスッタ集は、ブッダの世話役だった従兄弟のアーナンダが、ブッダがどのように出家したか、なぜ出家の道を選んだかについて、比丘たちの前で語った時のものです。ブッダも一緒に聞いていました。
SN-3-1-407
Pabbajjaṃ kittayissāmi, 出家を 語ろう・私が yathā pabbaji cakkhumā; 通りに 出家 眼識ある人 Yathā vīmaṃsamāno so, 通りに 考察する 彼が pabbajjaṃ samarocayi. 出家を 大いに喜ぶ
眼識のある人(ブッダ)
の出家について
私がありのままに
語りましょう。
彼がどのように考えて
喜々として出家したかを。
解説
眼識のある人=宇宙のすべてを見たブッダのことです。ブッダが解脱したのは35歳の時です。出家してから解脱まで7年掛かったそうなので、出家したのは28歳頃だと思われます。
古代インドの王国、コーサラ国の属国であるシャーキヤ族(釈迦族)の小国の王子として生まれたゴータマ・シッダッタは、贅沢で裕福に暮らす聡明な王子でした。10代で結婚し、妻(ヤショーダラ)と子供(ラーフラ)が1人いました。シッダッタはクシャトリヤ(王族・貴族)としての安逸な生活に飽き足らず、人生の無常や苦悩を痛感し、人生の真理を追求しようと志して、20代後半で出家しました。※シャーキヤ族は、ネパール領ルンビニーで北インド地方を統治
SN-3-1-408
Sambādhoyaṃ gharāvāso, 緊迫 俗家・居住は rajassāyatanaṃ iti; 塵の積もる・場所 だと Abbhokāsova pabbajjā, 開かれた・空間・しかし 出家生活 iti disvāna pabbaji. だと 見て 家を出た
在家の暮らしは窮屈で
心が波立つばかりだが
出家の生き方は解放的だ、
と思って出家しました。
解説
このスッタでは、ゴータマ・シッダッタが出家した理由が述べられています。王族の贅沢な暮らしは、シッダッタにとっては窮屈で煩わしいところだったようです。
SN-3-1-409
Pabbajitvāna kāyena, 出家した後は 身体による pāpakammaṃ vivajjayi; 罪・行為を 避けた Vacīduccaritaṃ hitvā, 言葉の・悪行を 捨てて ājīvaṃ parisodhayi. 生活を 清めた
出家後は、身体による
罪深い行為を避けて
言葉による悪い行いも止め
生活を正しました。
解説
Pāpakamma(罪深い行為)とは、悪い行為の中でも確実に悪業となって、悪い結果が自分に返るものです。罪深い行為は10あります。
10のうち3つは身体の行為で「殺生、与えられてない物を取る、邪な性行為」の3つです。4つは言葉の行為で「嘘をつく、悪口、暴言、噂話・無駄話」の4つになります。ここには書かれていませんが、残りは心の行為で「異常な欲、異常な怒り、邪な見解」の3つです。
SN-3-1-410
Agamā rājagahaṃ buddho, 行き ラージャガハに ブッダは magadhānaṃ giribbajaṃ; マガダ国の 山に・囲まれた Piṇḍāya abhihāresi, 托鉢するため 入った ākiṇṇavaralakkhaṇo. 散乱・高貴な・好相は
ブッダはマガタ国の
山々に囲まれた首都
ラージャガハに行き
行者には見えない高貴な様子で
托鉢のため町に入りました。
解説
ラージャガハは北インドにある古代都市で、5つの山に囲まれた盆地に栄えた都市です。シッダッタの容姿には32の形相(ぎょうそう)が備わっていたそうです。このスッタで「ブッダ は」となっているのは、アーナンダの言葉だからです。ブッダも目の前で聞いているのに、「シッダッタは」とは言えませんよね。
SN-3-1-411
Tamaddasā bimbisāro, 彼を・見た ビンビサーラは pāsādasmiṃ patiṭṭhito; 高殿に 立った Disvā lakkhaṇasampannaṃ, 見て 好相を・備えた imamatthaṃ abhāsatha. この・意味を 語った
宮殿のテラスに立って
シッダッタを見つけた
ビンビサーラ王は
優雅で高貴な姿を見て
この意味を語りました。
解説
マガタ国はコーサラ国の隣国で、ビンビサーラ王が統治していました。
SN-3-1-412
"Imaṃ bhonto nisāmetha, この人を 諸君は 注意しなさい abhirūpo brahā suci; 端正な 偉大な 清らかな Caraṇena ca sampanno, 徳行が そして 備わっている yugamattañca pekkhati. 1尋・だけ・そして 見る
ビンビサーラ王:
君たち、
あの男に注目しなさい。
端正で凛々しく清らかで
態度も落ち着いている
そして視線は下だけ見ている。
解説
Yuga=1尋(ひろ)は、長さの単位で約1.8メートルです。「1.8メートルだけを見ている」とは、辺りをキョロキョロ見回すことなく、常に足元だけ見ているという意味です。
SN-3-1-413
"Okkhittacakkhu satimā, 目を下げて 気づきある nāyaṃ nīcakulāmiva; ない・この人は 低い・家柄・ような Rājadūtābhidhāvantu, 王の従者達は・向かい・走れ kuhiṃ bhikkhu gamissati". どこに 比丘 行く
ビンビサーラ王:
目を伏せて気づきのある
この者は
低いカーストの者ではない。
王の家来たちよ、
比丘が行く先を追え!
解説
Okkhittacakkhu(オッキタチャックー・目を伏せて)は、ヴィパッサナー瞑想のロングコースで、毎日ゴエンカジが注意を促す言葉のひとつです。
人間が五感によって外から得る情報の割合は、個人差がありますが、7割以上が目で感受する色刺激(視覚情報)だと、言われています。修行者にとって常に目を伏せて歩くことは、視界を意図的に狭めて外部刺激の半数以上を排除することになり、とても有効なのです。
さらに修行者は、足元の小さな生命をできるだけ殺さないように、気をつけて歩くことにもなります。その他の刺激は、極力見ないように努めるのです。
SN-3-1-414
Te pesitā rājadūtā, 彼らは 命令された 王の使者達は piṭṭhito anubandhisuṃ; 後ろから 後を追いかけ Kuhiṃ gamissati bhikkhu, どこに 行くのか 比丘 kattha vāso bhavissati. どこに 住まいが あるのか
命じられた家来たちは
後を追いかけました。
比丘はどこへ行くのか?
どこに住んでいるのか?
SN-3-1-415
Sapadānaṃ caramāno, 途切れなく 歩く・心は guttadvāro susaṃvuto; 守る・扉を よく・制御して Khippaṃ pattaṃ apūresi, すぐに 器を 満たした sampajāno paṭissato. 自覚して 気づき続ける人は
(シッダッタは)
歩きながらも
途切れることなく
心をよく制御して
感覚の扉を守っていました。
常に気づき続け自覚できる人は
托鉢でもすぐに
十分な食べ物を得ました。
解説
感覚の扉とは、外の世界から情報を得る時の扉となる、5つの感覚器官のことです。目・耳・鼻・舌・身体で感じる外部の刺激、つまり見えたものや聞こえた音などに、心を動かさないように注意しながら歩いた、ということです。托鉢のために歩きながらも、ずっと気づきの瞑想(sati=マインドフルネス)を続けていたのですね。
気づきの瞑想(sati=マインドフルネス)=ヴィパッサナー瞑想(洞察瞑想)は、座ってやるだけではありません。歩きながらでも食べながらでも、何をしていてもできるのです。常に自分が何をしているのかを、意図的に感情を排除して、一瞬一瞬、ありのままに気づき続ける瞑想です。
SN-3-1-416
Piṇḍacāraṃ caritvāna, 托鉢行を 歩いた nikkhamma nagarā muni; 出て行った 城を 行者は Paṇḍavaṃ abhihāresi, パンダヴァ山に 運ぶ ettha vāso bhavissati. ここに 住まいが あるのだろう
托鉢行を終えた行者は
町を出て行きました。
パンダヴァ山に運んだので
ここに住処があるのでしょう。
解説
パンダヴァ山は、ラージャガハを囲む5つの山の1つです。すぐに食べないのですね。どこで食べるのでしょう?
SN-3-1-417
Disvāna vāsūpagataṃ, 見て 住まいに・入った tayo dūtā upāvisuṃ; その後 使者達は 近づき座った Tesu ekova āgantvā, 彼らの 1人は・そして 戻って rājino paṭivedayi. 王に 知らせた
住処に入ったのを見て
家来たちは近くで見張り
そのうちの一人は戻って
王に報告しました。
解説
このスッタ集には書かれていませんが、この時ブッダ は、山の洞窟の入口の木陰に座って、托鉢で得たものを食べようと蓋を開け、ご飯とおかずがぐちゃぐちゃに混じって、変な臭いまで発しているのに衝撃を受けたそうです。贅沢三昧だった元王子は、吐き気がして食べられなかったそうです。しかし、そんな自分を戒めて、食べ物は身体を維持し、修行に必要な滋養物だと認識するように努めて、最終的には嫌悪感なく食べたそうです。私たちは本来、食べるために生きるのではなく、生きるために食べるのです。
SN-3-1-418
"Esa bhikkhu mahārāja, この 比丘 偉大な・王 paṇḍavassa puratthato; パンダヴァ山の 東方面 Nisinno byagghusabhova, 座っている 虎・雄牛・ように sīhova girigabbhare". 獅子・ように 山・洞窟
家来:
王様、あの比丘は
パンダヴァ山の東の洞窟で
虎や牛のように座っています。
山の洞窟にいる獅子のようです。
解説
たった一人で出家して、托鉢して山の洞窟で獅子のように坐る(瞑想する)なんて、凡人にはできません。出家された時点で、もう相当なレベルに進んでいて、揺るぎない心を得ていたのでしょうね。
ゴータマ・シッダッタ は、早々に覚者(ブッダ)として解脱する準備はできていましたが、単なる覚者ではなく完全な正覚者(サンマー・サン・ブッダ )になりたいと望んだそうです。この時点で、すでにアラハンの資質は備えていたけれど、それすら超えた次元を目指していたのかもしれません。
SN-3-1-419
Sutvāna dūtavacanaṃ, 聞いて 使者の・言葉を bhaddayānena khattiyo; 立派な・乗り物 クシャトリヤは Taramānarūpo niyyāsi, 慌てた・様子で 出かけた yena paṇḍavapabbato. そこから パンダヴァ山
家来の言葉を聞いた
クシャトリヤ(王侯貴族)は
大急ぎで立派な馬車に乗り
パンダヴァ山へと出掛けました。
解説
Khattiya(クシャトリヤ)は、インドにおけるカースト制の階級で、バラモン(司祭)階級に次いで上から2番目の武士や王侯貴族の階級です。
SN-3-1-420
Sa yānabhūmiṃ yāyitvā, 彼は 乗物が・通る道まで 行って yānā oruyha khattiyo; 乗物から 降りて クシャトリヤは Pattiko upasaṅkamma, 歩いて 近づいた āsajja naṃ upāvisi. 側に 彼に 近づき座った
クシャトリヤ(王侯貴族)は
馬車で行ける所まで行くと
馬車から降りて歩いて近づき
ブッダの側に座りました。
解説
ビンビサーラ王は自ら山中を歩いてまで、異彩を放つ只者ではない比丘に会いたかったのですね。
SN-3-1-421
Nisajja rājā sammodi, 座って 王は 喜び kathaṃ sāraṇīyaṃ tato; いかに 挨拶の その後 Kathaṃ so vītisāretvā, いかに 彼は 交換する imamatthaṃ abhāsatha. この義を 語った
王は座って親しみをもって
挨拶を交わした後
何の用事で来たのか
その理由を語りました。
SN-3-1-422
"Yuvā ca daharo cāsi, 若い そして 青年で また・ある paṭhamuppattiko susu; 第一の・人生の 若者 Vaṇṇārohena sampanno, 美貌・高い 備えて jātimā viya khattiyo. よい生まれの ようだ クシャトリヤ
ビンビサーラ王:
君は第1期間の若者で
まだお若い青年だ。
高貴で端正なお姿は
良い生まれの王族のようだが。
解説
古代インドでは人生を4つの期間(四住期)に分けて、カースト上位3階級(バラモン、王侯貴族、庶民)の男子に奨励しました。第1期間(5〜24歳頃)は学生期(梵行期)で、師について禁欲生活を送り、ヴェーダの聖典を学ぶ時期です。この頃のブッダ は20代後半なので、第2期間(25〜47歳頃)の家住期(家庭と仕事を確立する時期)に入った頃ですが、出家したので、第1期間の梵行をそのまま続けている状態です。
SN-3-1-423
"Sobhayanto anīkaggaṃ, 飾り 軍隊を nāgasaṅghapurakkhato; 象・群・先頭に立て Dadāmi bhoge bhuñjassu, 与える・私は 富を 受けなさい jātiṃ akkhāhi pucchito". 生まれを 語りなさい 問われて
ビンビサーラ王:
象の群れを先頭にした
立派な軍隊と財宝を
私は君に与えるので
受け取りなさい。
君の生まれについて
教えてくれないか。
解説
ビンビサーラ王は只者ではない若い行者に、権力と財力を提供しようと申し出ました。自分の右腕となって欲しいということです。
SN-3-1-424
"Ujuṃ janapado rāja, まっすぐ 地方は 王よ himavantassa passato; ヒマラヤ山の 見える Dhanavīriyena sampanno, 富・精進を 備えた kosalesu niketino. コーサラに 居家の
シッダッタ:
王様、
まっすぐ行ったところにある
ヒマラヤの見える地方です。
豊かで努力家の民が住む
コーサラ国に家があります。
解説
シッダッタはラージャガハに行くために、7泊掛けて南下したそうです。逆算すると、実家のあるシャーキヤ国は、まっすぐ北上したヒマラヤ山麓にあったと考えられます。
SN-3-1-425
"Ādiccā nāma gottena, 太陽 名は 種姓 sākiyā nāma jātiyā; シャーキヤ族 名は 生まれ Tamhā kulā pabbajitomhi, それ故 家から 出家した na kāme abhipatthayaṃ. ない 欲は ない・望む
シッダッタ:
家系は日種で
生まれは釈迦族です。
望むものも欲しいものも
なくなったから
家を出て出家しました。
解説
Ādicca(アーディッチャ)太陽です。日種は「太陽の末裔」と呼ばれ、古代インドの王家は、ほとんどが日種か月種のいずれかに属していました。Sākiyā はシャーキヤ族(釈迦族)のことです。
SN-3-1-426
"Kāmesvādīnavaṃ disvā, 欲に卑しさを 見て nekkhammaṃ daṭṭhu khemato; 離欲に 見て 安穏である Padhānāya gamissāmi, 励んで 行くだろう ettha me rañjatī mano"ti. ここに 私の 喜びを見出す 心は と
シッダッタ:
欲があるから煩いが起こり
欲を捨てれば安ぎがある。
私の心は喜びを見つけるために
ここでひたすら励んで
進んでいくでしょう。
と、ブッダは言いました。
解説
シッダッタは、こうしてビンビサーラ王の権力と財力の提供の申し出を断りました。ビンビサーラ王は、シッダッタの崇高な目的を聞いて深い感銘を受け、この若者が涅槃に至ることを確信しました。そしてシッダッタに「解脱したら、最初にラージャガハに来て、私に教えを説いて欲しい」とお願いしました。シッダッタはそれを承諾し、ビンビサーラ王は都に戻ったそうです。
Pabbajjāsuttaṃ paṭhamaṃ niṭṭhitaṃ. 出家・スッタ集 1番目 終わり
1. 出家のスッタ集 終わり