第2章 小さな章:3. 恥 256〜260

3. Hirisuttaṃ 恥のスッタ集

第2章「小なるもの」の3番目は、「hiri(ヒリ)」のスッタ集です。

hiri は「」のことで、健全な精神作用の1つで「悪い行為を恥じる」気持ちです。このスッタ集は、友情を例にあげて、友情とは言えない恥ずべき行動について語っています。

SN-2-3-256

Hiriṃ tarantaṃ vijigucchamānaṃ, 
恥を 通り越して 嫌がりながら
tavāhamasmi iti bhāsamānaṃ;
友・である・私は と 語り・慢心
Sayhāni kammāni anādiyantaṃ, 
できる 行為を ない・引き受ける
neso mamanti iti naṃ vijaññā.
ない・これは 私のものと と それを 知るべき

臆面もなく
「私はあなたの友達だ」
と言いながら
できることもしない人
そんな人は友達ではない
と知るべきです。

解説

hiri(恥)。このスッタ集のテーマですが、この文字はこのスッタにしか使われていません。

恥を知れ!」という言葉があります。不謹慎なこと、愚かなことをした相手を非難するときに用いる表現です。

英語では “Shame on you !” となります。似た表現として “Shame on me.” もあります。こちらは「お恥かしい」という意味です。そしてこんなことわざもあります。”Fool me once, shame on you. Fool me twice, shame on me.”「私を一度だましたならあなたの恥、私を二度だましたのなら私の恥」です。

この時、「」なのは、不謹慎な行動、愚かな行動であって、失敗が恥ではないのです。ところが人は、「恥を知れ! みっともない」と他者から非難されることを怖れて、失敗するくらいなら何もしないでおこうと逃げるのです。不謹慎で愚かな行動をしなければいいだけなのに、なんでも失敗したくないになってしまうのです。

SN-2-3-257

Ananvayaṃ piyaṃ vācaṃ, 
ない・類語 好き 言語を
yo mittesu pakubbati;
人が 友人に対して 使う
Akarontaṃ bhāsamānaṃ, 
不作の 語る・だけの人
parijānanti paṇḍitā.
正確に知る 賢者たちは

友達に対して
調子のいいことを言って
口先だけの人は
何も実行しないことを
賢者は見抜いている。

解説

論じるだけで動こうとしない人は、何か行動して失敗することを怖れています。失敗して恥をかくのが嫌なのです。

SN-2-3-258

Na so mitto yo sadā appamatto, 
ない 彼が 友人では まったく 常に ない・怠り
bhedāsaṅkī randhamevānupassī;
不和を・疑い 欠点・ばかり・見る
Yasmiñca seti urasīva putto,
その・もとで 臥す 胸に・抱くように 子供が
sa ve mitto yo parehi abhejjo.
彼は まさに 友人 まったく 他・人によって 切り裂かれない

常に友情を疑い
アラ探しばかりする人は
決して友達ではない。
母の胸に抱かれた子供のように
安らぐ者がまさに友達で
仲を引き裂いたりしない。

解説

人の本能は、相手に勝てると思えば攻撃し、負けると思えば退散する行動にでます。他者を批判して、わずかな欠点を見つけては攻撃する人は、自分に自信がない人です。何かを実行して失敗するのは恥だから嫌。でも少しでも自分を高みに置きたくて、他者のミスや間違いを攻撃するのです。自分は何もしなくても、相対的に自分のポジションを高めようとする行動です。

SN-2-3-259

Pāmujjakaraṇaṃ ṭhānaṃ, 
喜び・作っている 理由を
pasaṃsāvahanaṃ sukhaṃ;
賞讃・流れ 楽に
Phalānisaṃso bhāveti, 
結果・利益は 発展する
vahanto porisaṃ dhuraṃ.
運びながら 人の 責任を

楽なことや
喜びに甘んじることなく
結果が功徳となるよう
人としての責任を
果たしてなさい。

解説

Pāmujja(喜び、浮き立つ気持ち)+karaṇaṃ(作る、行う、作用する。道具、身体、感覚器官)、ṭhānaṃ(場所、原因、理由、道理)。楽に賞賛を得ても、喜びが生じる原因をよく理解して、楽なことや喜びに甘んじることなく、精進しなさい、ということだと解釈しました。

結果功徳となるためには、その原因となる行為をしなければなりません。結果が失敗となるのを怖れて、何もしないのでは功徳も得られません。人間は失敗する生き物です。失敗から学びを得て成長する生き物です。失敗はではありません。失敗を怖れて、行動しないことがです。人としての責任を果たすためには、失敗を怖れずに行動することです。

SN-2-3-260

Pavivekarasaṃ pitvā, 
独居の・味を 飲み
rasaṃ upasamassa ca;
味わいを 寂静 そして
Niddaro hoti nippāpo, 
苦しみから解放 なる 罪のない者
dhammapītirasaṃ pivanti.
ダンマの・喜び・味を 飲みながら と

隠遁と寂静を堪能し
苦しみから解放され
穢れのない者となり
ダンマの喜びを味わい
享受しなさい。

解説

隠遁(孤独)とは、外からの刺激から心が離れた状態、寂静(平穏)は、外からの刺激に対して心が揺れない状態です。

Hirisuttaṃ tatiyaṃ niṭṭhitaṃ.
恥・スッタ集 3番目 終わり

3. 恥のスッタ集 終わり

ダンマパダ15章「幸せの章」にも、このスッタ集と同じような言葉があります。