3. Hirisuttaṃ 恥のスッタ集
第2章「小なるもの」の3番目は、「hiri(ヒリ)恥」のスッタ集です。
hiri は「恥」のことで、健全な精神作用の1つで「悪い行為を恥じる」気持ちです。このスッタ集は、友情を例にあげて、友情とは言えない恥ずべき行動について語っています。
SN-2-3-256
Hiriṃ tarantaṃ vijigucchamānaṃ, 恥を 通り越して 嫌がりながら tavāhamasmi iti bhāsamānaṃ; 友・である・私は と 語り・慢心 Sayhāni kammāni anādiyantaṃ, できる 行為を ない・引き受ける neso mamanti iti naṃ vijaññā. ない・これは 私のものと と それを 知るべき
臆面もなく
「私はあなたの友達だ」
と言いながら
できることもしない人
そんな人は友達ではない
と知るべきです。
解説
hiri(恥)。このスッタ集のテーマですが、この文字はこのスッタにしか使われていません。
「恥を知れ!」という言葉があります。不謹慎なこと、愚かなことをした相手を非難するときに用いる表現です。
英語では “Shame on you !” となります。似た表現として “Shame on me.” もあります。こちらは「お恥かしい」という意味です。そしてこんなことわざもあります。”Fool me once, shame on you. Fool me twice, shame on me.”「私を一度だましたならあなたの恥、私を二度だましたのなら私の恥」です。
この時、「恥」なのは、不謹慎な行動、愚かな行動であって、失敗が恥ではないのです。ところが人は、「恥を知れ! みっともない」と他者から非難されることを怖れて、失敗するくらいなら何もしないでおこうと逃げるのです。不謹慎で愚かな行動をしなければいいだけなのに、なんでも失敗したくないになってしまうのです。
SN-2-3-257
Ananvayaṃ piyaṃ vācaṃ, ない・類語 好き 言語を yo mittesu pakubbati; 人が 友人に対して 使う Akarontaṃ bhāsamānaṃ, 不作の 語る・だけの人 parijānanti paṇḍitā. 正確に知る 賢者たちは
友達に対して
調子のいいことを言って
口先だけの人は
何も実行しないことを
賢者は見抜いている。
解説
論じるだけで動こうとしない人は、何か行動して失敗することを怖れています。失敗して恥をかくのが嫌なのです。
SN-2-3-258
Na so mitto yo sadā appamatto, ない 彼が 友人では まったく 常に ない・怠り bhedāsaṅkī randhamevānupassī; 不和を・疑い 欠点・ばかり・見る Yasmiñca seti urasīva putto, その・もとで 臥す 胸に・抱くように 子供が sa ve mitto yo parehi abhejjo. 彼は まさに 友人 まったく 他・人によって 切り裂かれない
常に友情を疑い
アラ探しばかりする人は
決して友達ではない。
母の胸に抱かれた子供のように
安らぐ者がまさに友達で
仲を引き裂いたりしない。
解説
人の本能は、相手に勝てると思えば攻撃し、負けると思えば退散する行動にでます。他者を批判して、わずかな欠点を見つけては攻撃する人は、自分に自信がない人です。何かを実行して失敗するのは恥だから嫌。でも少しでも自分を高みに置きたくて、他者のミスや間違いを攻撃するのです。自分は何もしなくても、相対的に自分のポジションを高めようとする行動です。
SN-2-3-259
Pāmujjakaraṇaṃ ṭhānaṃ, 喜び・作っている 理由を pasaṃsāvahanaṃ sukhaṃ; 賞讃・流れ 楽に Phalānisaṃso bhāveti, 結果・利益は 発展する vahanto porisaṃ dhuraṃ. 運びながら 人の 責任を
楽なことや
喜びに甘んじることなく
結果が功徳となるよう
人としての責任を
果たしてなさい。
解説
Pāmujja(喜び、浮き立つ気持ち)+karaṇaṃ(作る、行う、作用する。道具、身体、感覚器官)、ṭhānaṃ(場所、原因、理由、道理)。楽に賞賛を得ても、喜びが生じる原因をよく理解して、楽なことや喜びに甘んじることなく、精進しなさい、ということだと解釈しました。
結果が功徳となるためには、その原因となる行為をしなければなりません。結果が失敗となるのを怖れて、何もしないのでは功徳も得られません。人間は失敗する生き物です。失敗から学びを得て成長する生き物です。失敗は恥ではありません。失敗を怖れて、行動しないことが恥です。人としての責任を果たすためには、失敗を怖れずに行動することです。
SN-2-3-260
Pavivekarasaṃ pitvā, 独居の・味を 飲み rasaṃ upasamassa ca; 味わいを 寂静 そして Niddaro hoti nippāpo, 苦しみから解放 なる 罪のない者 dhammapītirasaṃ pivanti. ダンマの・喜び・味を 飲みながら と
隠遁と寂静を堪能し
苦しみから解放され
穢れのない者となり
ダンマの喜びを味わい
享受しなさい。
解説
隠遁(孤独)とは、外からの刺激から心が離れた状態、寂静(平穏)は、外からの刺激に対して心が揺れない状態です。
Hirisuttaṃ tatiyaṃ niṭṭhitaṃ. 恥・スッタ集 3番目 終わり
3. 恥のスッタ集 終わり
ダンマパダ15章「幸せの章」にも、このスッタ集と同じような言葉があります。